ダイバーシティって何―自分の立場から思うこと
noteでも何度か、ずっと生きづらさを感じて過ごしてきたということを書いた。
特に転職してからの7年、そう思うことが多い。
なぜなんだろう。
昔から「平均的な」という言葉だったり、周りと同じことをするのが苦手だった。とはいえ、何かの能力に秀でていたわけではないので、それが弱気になったり、突っ切れない理由にもなった。
それでもマスコミという自由で、何物にも縛られない雰囲気の業界に入ることで、自分の居場所を見つけたようにも思えた。妙な正義感があり、大きくみせようとしながらも、感受性は強くて、繊細な人たち――自分と似たような人が多く、気の合う仲間もたくさんいた。
そして何より言語(≒感覚)が同じだった。
色々と悩んだ末、7年前に自分にとっては未知の世界にチャレンジすることになった。突然地球から宇宙(いや、宇宙から地球かな、笑)に移動した感じだ。
おそらく、今の会社が日本のスタンダードなのだろう。
どちらが良い悪いとかいうつもりはない。この7年間で自分が社会人として成長したと感じる部分もある。
日本社会に適合するための最低限の素養が身についたのでは、とも思う。
それでも、自分は自分でしかない。
今でも、周囲との調和と自分自身で居続けることのバランスのとり方にもがいている。
以前とある人に「ATFさんはオーナーシップ(ownership)型のひとですね」と言われた。
最初は意味がわからなかった。
調べてみると、「当事者意識を持ち、主体的に行動できる人。自分で考えて判断するので上司の指示を待たずに行動することができるタイプ」とある。
確かにそうだ。
聞こえはよいけど、組織に当てはめて考えると、扱いにくいタイプかもしれない。
「君は横で誰かをサポートするのが苦手だよね」と指摘されたこともある。
これだと、常に自分がセンターに立っていたい自己チュー人間のようにも聞こえてしまう、笑。
そんな気持ちは毛頭ないし、人の気持ちを考え行動しているつもりなのに、エゴ(Ego)の強い人という印象だけ与えてしまっているようだ。
「組織」から「個」の時代が進む中、日本でも企業の多くが「ダイバーシティ&インクルージョン(Diversity & Inclusion)」を全面的に推進している。
多様性を活かし、うまく融合させながら、価値を生んでいくという考えだ。
確かに、人種、性別、障がいの有無など表面的な属性は、人権方針等で打ち出したりしている会社も多いが、価値観や考え方といった表面的にはみえない要素における「ダイバーシティ&インクルージョン」の実現はまだまだ時間がかかるのではないか。
私自身も、「こういう業界の人はこうだ」というステレオタイプでモノをみる癖をやめて、心を開かないと、と反省しながら書いている。
