人に厳しく、自分にも厳しい、それってアリ?
見出しの通り、" 私は人に厳しく、自分にも厳しい。"
友人にもそう言われる。
「〇〇さんスゴイですよね」と誰かが誰かを褒めても、リスペクトはしつつも、心では「いや、その程度ではまだまだでしょ」みたいに思ってしまう。
このねじれた性格はどこから来るのだろう、笑。
2点思い当たる。
まず、そもそもの自分の性格がひねくれ気質の素地になっているということ。
私は天邪鬼で、反発心が強く、疑い深い性格だ(負の3要素ですね、笑)。
みんなが「スゴイね、スゴイね!」とほめたたえることに対して、「本当かなあ」とまず疑い、そして人と違った逆張り的な発想で、反発してしまう。
素直にみんなにあわせることができない。いい年して大人げないな、と思うけど、次の点を考えると、やはり、他の人たちの称賛の輪には加われない。
それは何かというと、自分がみている世界が広いということだ。すごくカッコつけた言い方だけど。
職場で「あの人は仕事ができる!」とか「〇〇さんはバリキャリですね」と聞くと、首をかしげる自分がいる。
その会社のスタンダードなのか、もっと広い範囲のスタンダードかによって、捉え方が違ってくるからだ。
そしてグローバルスタンダードでみてしまうと、多くのことが、「そこまですごくないでしょ」となってしまう。
前にも記事で書いたが、記者時代に取材先で、グローバルで活躍している人たちや業界の第一線を走っている凄い人たちをみてしまったがゆえに、バーが上がってしまった(本当に凄い人たちには尊敬の念をもって、称賛する)。
もうそろそろ、そんな大口を叩けるあなたは何様ですか?と問われそうなので、答えよう。
自分は何者でもないしがない会社員だ。
そして、人に対する”広い範囲の”スタンダードは自分にも当然、あてはめている。
その結果、現実と自分が置く目標(理想)との乖離が大きい。
どんなに頑張ったとしても、「まだまだだ」と、自分を認めることができない。
「ATFちゃんはストイックだから」と友人から言われるが、そんなカッコいい話ではなく、単に気持ちに余裕がないだけだろう。
“人に厳しく自分に甘い”はサイテーだけど、少しだけ、自分に言ってみようかな。
「まだまだだけど、前に進んでいるよ」
