正体不明の誰かに憧れるとき
通勤前に朝のニュース番組をみていたら、江戸時代の出版王として知られる蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)が取り上げられていた。彼は、2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公だ。
私が関心を寄せたのは、蔦屋重三郎が大々的にプロデュースした浮世絵師・写楽だ。
ご存じの方も多いと思うが、東洲斎写楽は、わずか10か月の期間で役者絵など145点余の作品を世に出し、忽然と姿を消した謎の絵師だ。

Wikipediaや専門家の声を検索すると、写楽の正体は、阿波徳島藩の能役者、斎藤十郎兵衛(さいとうじゅうろべえ)でほぼ間違いないらしい。
ただ、私がここで書きたかったのは、写楽そのものではなく、「誰だかわからない存在」に人は惹かれるという、その心理についてだ。
人は正体不明の謎の人物に対し、好奇心が膨らみ、憧れを抱くものだ。
今の時代だと、バンクシー(Banksy)があてはまるかもしれない。
バンクシーは、いわずとしれた正体不明のストリートアーティストだ。街の壁や公共の場に”メッセージ性の強い落書き”を描いている。彼の作品は複製され、オークションでも高値で取引されているので、世界的なアーティストと言って良いだろう。

一部メディアは英国のブリストル出身のアーティスト、ロビン・ガニンガム(Robin Gunningham)が有力と報じているが、自ら名乗りをあげない限りは謎の人物のままだ。
彼らが正体を明かさなかった(明かさない)理由はまちまちかもしれない。
身バレしたらまずい事情があったのかもしれない。神秘性を保つためなのか、ただただプライバシーを守りたいだけなのか、わからないけど、顔も本名も明かさずに、ブランドとして名を残すというのはアーティスト冥利につきるのではないか。
全く次元の違う話なので、話を持ち出すのも気が引けるが、私も皆さんのおかげでフォロワー4,000人に到達した。
noteを始めた頃はこれだけ皆さんに読んでいただけるなんて想像だにしなかったので、嬉しさと感謝の気持ちで一杯だ。
そして正直なところ、身バレしないように、こそこそ執筆活動していることにモヤモヤしている自分もいる。
自身の正体を明かしたところで、何の反響もないのに、笑。
それでも、単調な仕事をこなす職場で、私はクリエイターとしての一面もあるんです!と叫びたくなるのも事実だ、笑。承認欲求は確実に存在する。
『能ある鷹は爪を隠す』の逆をいく、まさに凡人の発想かもしれない。
それでも、匿名クリエイターとして誰かになんらかのメッセージが届くことを願いながら、今日も執筆活動に励んでいる。
