「知りたい」が「疲れた」に変わったとき
自分のプロフィールでも述べたが、私は好奇心旺盛で何でも知りたがるタイプだ。
話のネタにおいても、引き出しが多いほうだと自負している。
なので、初対面の人に対しても、何かしら自分の何段目かの引き出しからネタを引っ張り出して、話を合わせることができる。この情報への貪欲さはnoteを執筆する上でも役立っている。
一通り、新聞やネットニュースは見出しだけはチェックしているし、世の中の話題やトレンドになりそうなものは見逃さないようにしている。
ただ、情報も拾い読み程度なので、知識も浅くなってしまう。引き出しの中はスカスカで、入っている情報もごちゃまぜになっている。要は引き出しの中の洋服がしわくちゃになっている状態だ。
この中途半端感はいただけないけれど、最近気になることがもう一つある。
引き出しの数が前より格段に減ってきた、ということだ。
あれだけ意欲的に様々な情報を取りに行っていたのに、今や雑誌も読まなくなった。
なぜだろう。
おそらくメディアだけでなくSNSも含めた膨大な情報の中から、正確さを見極めることに疲れてきたのも、一因だ。
自分に何ら影響のないニュースだと、なおさら気にならない。
そして、どうでもよいニュースを取り込むことで、私の想像力が膨らんでしまい、疲れてしまうというのもある。
年かな、笑。
ただ、想像力を駆使して記事を書いている私にとって、その源泉となる情報収集はやっぱり欠かせない。
自分の経験をベースにした”自分語り”に徹するしかないのかな。それはそれで大変だけど。
自分の体験を切り売りしている感覚にもなるけど、そこから得た感動なり、感想なりを皆さんにどう伝え、共感してもらえるかがカギになるだろう。
これからは積極的に色々なことを体験しようかな。
私の書きたい欲求についていけるかどうか、少し心配だけど、そんな中での自分の変化も楽しめたらいいな、と最近ネタに悩んで感じたことを今回書きました、笑。
