酒に逃げるのは私だけじゃない
30代になってだろうか。
夜遅くまで遊べるのは金土のみ。
日曜の夜は月曜からの仕事が始まるからというだけの理由で、夜の予定はほとんど入れなくなった。
そして今、日曜夜の習慣になっているのが、
スーパーへの買い出し兼缶チューハイを飲みながら帰るという夜活だ。
重たい荷物を持ち歩くのが嫌になるまでの間は、あえて遠回りしながらお酒を飲み、明日からまた仕事が始まるという嫌な現実から目を背ける。
いや、背けられてるかと言われれば、多分背けられていない。歩きながら考えるのは、「明日からまた辛い日々が始まるのか」が前提。これが抜け切ることはない。
それでも酒を飲んで歩くと、風が気持ち良いなと感じたり、歩いたことのない道を見つけて、こんなところにマンションやホテルが建つんだと時代の移り変わりにしみじみしたりする。一時的でも別のことを考える時間が増えるだけで、私の心は少し救われる。
外を歩けば当たり前のように日々を過ごす人々とすれ違う。皆何を考えているのだろう。
にこにこ話しながら話している人たち、家族で買い物して帰って聞く人たち、営業中のレストランの店員さんやお客さん。
みんなみんな、何を感じて休み明けのこの夜を過ごしているのだろうか。
側から見ると、誰もが私とは違うように見える。
酒に逃げているようには見えない。明日への絶望も見えない。
私だけが、社会不適合だと自認しながらも、認めることもできず、自分らしくできることを探そうともせず、社会に適合できる人が働くべき社会に足を踏み入れ、適合できるわけもないのに、適合しようと必死になっているように感じてしまう。
必死に生きて辛くなって。
なにがしたいのかもわからない。
親からの教育で20代で結婚することが正解だと思ってたがそれももう不正解の道を進んでしまった。
私に残された道は何?
そんなことを脳内に巡り巡らせ、忘れるためにまたお酒をごくり。そして街に目を向けて現実から目を背ける。
そんな自分に嫌気がさしながら、家路に着くルーティン。
完全に、社会に残された被害者意識の高い痛い女だ。
そんなときに会社からメールが届いた。
会社のトイレに缶チューハイの缶が置かれていた。会社ではアルコール禁止なので気をつけること。
との内容。
トイレに置かれた缶チューハイは私がよく飲むアルコール度数が高いものだった。
安心した。
真実は分からないが、
会社のトイレでお酒を飲んだ人がきっといた。
もしかしたら、
私のように適性もなくやりがいもないが生活のためにしてる仕事に対して、難しさを感じて
終わらない。分からない。人間関係が悪い。つらい。
などの不安や悩みを持って、
日曜の夜にはまた明日から仕事が始まってしまうという絶望とプレッシャーに押しつぶされそうで
お酒を飲むことで精神を保っている人がいるのかもしれない。
私だけではないんだ。きっと。
そう思えて少し気が楽になった。
きっと人間何かしら人には話せない大きな悩みがあるはず。それをかかえながらも人に見せずに立ち向かっているんだ。何かを頼りにしながら、進んでいるんだ。
そこにお酒があるのは良いこととは言えないけれど
そうやって何とか生きてる人がいるのも事実。
同じ思いをしている仲間がいるんだ、
どうにか頑張ろうとしているんだ。
それを励みに少しだけ、お酒の量を減らして
これからを生きていけるような気がした1日でした。
世の中のお酒に逃げる仲間たちよ、
同じように逃げながらも生き抜く者同士、
これからも何とか日々を少しでも楽しんで生きようね。
jeni
