私が好きな映画#3 Past Lives (パストライブス) -現実に折り合いをつける-
こんにちは。今年の2月のニューヨークは特に寒さが厳しく連日真冬日でしたが、3月となりようやく雪が溶け始め、春の訪れを感じています。そんなニューヨークが舞台の素敵な映画に出会えたので、自分の記録がてら感想文です。
パスト ライブス/再会
監督・脚本:セリーヌ・ソン
キャスト:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ

あらすじ
ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソン。ふたりはお互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れになってしまう。12年後24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいたふたりは、オンラインで再会を果たし、お互いを想いながらもすれ違ってしまう。そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れる。24年ぶりにやっとめぐり逢えたふたりの再会の7日間。ふたりが選ぶ、運命とは――
感想
完璧主義で全てで1位でないと気が済まなかった泣き虫のナヨン。韓国では不可能な野望を達成するため、ソウルからカナダへ、さらにニューヨークへとより広い世界へ飛び出してゆく。名前も韓国風のナヨンからノラへと変化する。しかし年を経るにつれ理想だけで生きることは難しいと悟り、徐々に現実と折り合いをつけてゆく。アーサーと同棲した理由も家賃を浮かせるためだし、早く結婚した理由の1つもグリーンカード取得という合理的なもの。目指す文学賞もノーベル賞→ピュリッツァー賞→トニー賞と変わってゆくし、もはや賞は狙っていないのかもしれない。
一方で理想を追うものの平均的な給料しか稼げないことに劣等感を感じ、未だ結婚に踏み込めない実家暮らしのヘソン。いくら12歳の時に運命を感じたとしても、ここまで価値観がずれてしまったら共に生きるのは難しそう。物語としてはナヨンとヘソンが24年のブランクの末結ばれる方が甘く美しいのだけど、現実はそうもいかない。
ヘソン「仕事は普通、収入も普通、全て普通。彼女は俺より魅力的な人と付き合うべきだ」
ノラ「お金をたくさん稼げないと、結婚は難しいの?」
ノラ「韓国人の友達はいるけど、ヘソンは Korean–American じゃない。彼は Korean–Korean。」
ノラ「あなたが覚えてるナヨンはここには存在しない。けどあの小さな子は確かに存在した。あの子はあなたの前に座っていないけど、本物じゃないってことではないの。20年前、あの子をあなたのところに置いてきたの。」
最後の別れの場面でソウルに置いてきた泣き虫ナヨンが戻ってくるのが良い。(冒頭のソウルのシーンは泣くナヨンをヘソンが慰めるシーンで始まる) 泣いている時に側にいてくれたヘソンはもういないけど、アーサーが静かに受け止めてくれる。小学生の頃の夢だったノーベル文学賞は難しいかもしれないけど、カナダの学校で見つからなかった絶対的な味方と出会えたのは、何よりも幸せなことなんじゃないか。
一瞬24年前のソウルのY字路の場面が差し込まれるのだけど、単純なはじめのシーン(昼)の繰り返しではなく、夜になっており、現在の30代の2人が少年時代に戻った暗喩に見える。最後にヘソンが 나영아(Na-Young-a)と呼びかけるが、実の母ですらノラ呼びであることから、これがナヨンアと呼ばれる人生最後のタイミングかもしれない。そうして彼女は純朴で理想主義の韓国人のナヨンと決別し、現実的な韓国系アメリカ人のノラとして生きていくのだろう。


また、以下の記事にあるように
左:過去、ヘソン ⇦ ⇨ 右:未来、ノラ
の構図が作品を通して貫かれているので、画面内での立ち位置に注目しながら映画を見ると、より楽しむことができる。
前世や来世ではナヨンとヘソンがインニョンで結ばれたのかもしれない。しかし彼らが生きる現世では、ナヨンはノラと名前を変えユダヤ系アメリカ人のアーサーと結婚し、ヘソンはソウルへ戻る。理想論やたらればを語るのは楽しいかもしれないが、大人なのだから現実に折り合いをつけ完璧ではない生活を、小さな喜びを見つけながら生きていかなければならない。


