見出し画像

声が仏になる、それは法音。極楽浄土の迦陵頻伽(かりょうびんが)

風のない朝だった。
けれど、竹の葉がふるえた。

あのとき耳にした音が、
言葉でなかったのに、
なぜか胸の奥に届いたのを覚えている。



仏の教えは、
経典の文字や説法だけでなく、
声にならない祈りのようなものとしても伝わる。

それを「法音(ほうおん)」という。

鐘の音にも、
風の音にも、
誰かの小さな「ありがとう」にも。



その法音を体現する存在がいる。
迦陵頻伽(かりょうびんが)。
極楽浄土に棲む霊鳥。

まだ卵の中にいるときから鳴きはじめる、
と伝えられるほど、
その声は清く、美しい。

人の顔と鳥の身体をもち、
舞うようにして法音を届ける。

その姿はまるで、
言葉にならなかった優しさの化身のようだ。



声は、風に似ている。

何も残さないけれど、
確かに通りすぎていく。
その通った道に、何かが芽生えることもある。



祈りとは、
ただ静かに誰かを想うこと。

それが、
言葉になるまえの「音」になって、
ひとを包むとき。

きっとそこに、
迦陵頻伽は舞い降りている。



羽根の音が消えたあとに、
 祈りが残っていた。
くうほ|hopeful buddy

いいなと思ったら応援しよう!