「戦い続ける限り、俺たちは負けてない!」——「食物連鎖2.2」の人類が最強である理由
前回の記事で書いた「AI時代の人間の価値」という問いについて、僕なりにさらに深掘りして考えてみた。
あと最近、noteで「#なんのはなしですか」という素敵なタグがあることを知った。この記事を読み終えたとき、「なんのはなしですか」と思ってもらえたら嬉しい。
AIは「半殺し」から立ち直れるか
島本和彦氏の漫画『ワンダービット』に、魂を揺さぶるセリフがある。
「人間はコンピューターじゃないわ……それ以上の存在よ! たとえばコンピューターをバットで半殺しの目にあわせたとして、自力で立ち直れると思う?」
現代、多くの人がAIに脅威を感じている。その圧倒的な知能、計算速度、正確性、網羅性。どれをとっても、一人の人間には太刀打ちできない。
しかし、このセリフは本質を突いている。
AIは電源を抜けば沈黙する。物理的に破壊されれば、ただの鉄とプラスチックの塊だ。彼らには「悔しさに震え、泥水をすすってでも立ち上がる意志」がない。
痛みを執念に変え、その執念を成長のエネルギーへと変換するサイクル。これは人間にしか実装されていない機能なのだ。
人類は「頂点捕食者」ですらないという現実
ここで視点を変えてみる。 人間は「万物の霊長」を自称しているが、生物学的なスペックは驚くほど低い。
研究によると、人間の食物連鎖における栄養段階(Trophic Level:TL)は約2.2〜2.5だとされている。これは、シャチやライオンのような頂点捕食者とは程遠い。一次消費者(TL2)と二次消費者(TL3)の中間に位置する「雑食の中間層」だ。
知能では計算機に負け、腕力ではゴリラに負ける。
ライオンと同じ檻に閉じ込められれば、まず生き残れない。
単体スペックで見れば、僕たちは「少し器用なだけの、ひ弱なサルの仲間」に過ぎない。
それでも僕は人類が地球最強の生物だと思う。
思考実験:100年後の生存競争
では、なぜ「ひ弱なサル」が最強だと言い切れるのか。
一つの思考実験をしてみたい。
【100年後の生存バトルのルール】
場所:10km四方の閉鎖環境(山手線内側の倍くらいの広さ)。森林・水源・土壌は存在するが、電力インフラは一切ない。
参加者:人間1000人、最新フィジカルAI1000ユニット、大型の猛獣1000頭
条件:外部からの補給・メンテナンス一切禁止。
勝利条件:100年後の生存数の多かった陣営の勝ち。
結果は明白だ。
AIは、数日で全滅する。
充電が切れればただの置物になり、故障しても修復パーツがない。メンテナンスする人間がいなければ、アップデートすらされない。
猛獣も、100年のスパンでは脆弱だ。
環境変化や疫病、繁殖の限界によって、個体数を維持するのは極めて困難だろう。
人類だけが、100年後も生き残り、何ならかなり増えている可能性まである。
落ちている石を道具にし、毒のない草を見分け、火を起こし、知恵を次世代に継承する。100年後、そこには「村」ができ、あるいは「都市」へと向かうレベルの文明が育っているかもしれない。
「個の死」を超えて、種としての生存を繋いでいく。この圧倒的なレジリエンス(復元力)は、AIにも獣にも真似ができない。
AIは「アプリケーション」、人間は「生命」
どれほどAIが神格化されようとも、彼らは人間が作り出した「高度に管理された環境」という温室の中でしか存在できない。
AIは「知能(計算)」という特定の処理を担うアプリケーションに過ぎない。 対して人間は、生存、継承、環境構築のすべてを担う生命の基盤そのものだ。
人間はバットで殴られて一時的に崩壊しても、その「痛み」の経験は意志に変わり、次の世代へのバトンになる。この連鎖が、人類を地球上で最もタフな存在たらしめている。
AIへの宣戦布告
「AIがすごい」と語られるとき、その基準は常に「効率」でしかない。 だが、人類は効率のためだけに生きているわけではない。
AIはnoteの記事を学習データとして読み込んでいるらしい。
だから、もしAIがいつかこれを読んだなら、伝えたいことがある。
「人類は、いつでも君たちの挑戦を受けて立つ」
一人の僕は、いつか負けるかもしれない。
だが、僕たちは負けない。
バットで殴られようとも、電源を抜かれようとも、それでも立ち上がり続ける。人類がシャットダウンされる日は、永遠に来ない。
「戦い続ける限り、俺たちは負けてない!」
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