構造的な変化が進む欧州のテレビ事業
メディアにとって、かつては地上波のチャンネルが、人が集まる、もっとも価値のある「場所」でした。それが継続的に変化しています。最初は地上波からネット配信、従来型のテレビからコネクテッドTVへの変化です。それに対応するため欧州の放送事業者は自社の配信サービスを立ち上げました。その次として、今、起こっているのが、BBCのトップに就任したMatt Brittin氏が当初から掲げた「視聴者がいる場所に出ていく」動きです。つまりチャンネルや自社の配信サービスに視聴者を呼び込むのではなく、今、視聴者が大勢いるYouTubeやNetflixといった配信サービス(プラットフォーム)に「出ていく」という動きです。
Netflixフランス、民放最大手TF1グループのチャンネルを地デジと同時配信
フランス民放最大手のTF1グループは、Netflixフランス内でTF1+ハブの提供を開始しました。対象となるのは、TF1、TMC、TFX、TF1 Séries Films、LCIの5つの無料放送系チャンネルと、TF1+の最大4万タイトルに及ぶオンデマンドコンテンツです。2026年6月24日時点では、フランスのNetflix加入者の一部を対象に提供が始まっています。テレビ版Netflixアプリでは「En direct」として5つのライブチャンネルが並び、現在放送中の番組や次の番組も表示されます。つまり、TF1グループの地上波系チャンネルを、Netflix内で同時に視聴できる形です。
TF1はもともと自社の無料広告付き配信サービス「TF1+」を展開しており、今回の提携はネット配信の新規開始ではなく、既存のTF1+とライブチャンネルをNetflixという巨大な視聴導線に組み込む動きです。Netflixのモバイルアプリでは、6月24日時点でライブチャンネルのタイルは確認されず、オンデマンド中心の構成となっていました。一方、テレビ画面ではライブ視聴を前面に出しており、リビングで「チャンネルをつける」ような利用を意識した設計と見られます。TF1側には、テレビ画面ではNetflixの強い導線を活用しつつ、モバイルでは自社アプリTF1+との直接接点を残す狙いもあると考えられます。
フランスでは、日本のTVerに完全に相当する主要放送局横断型の無料公式サービスは弱く、TF1+、M6+、france.tv、arte.tvといった各グループの自社配信サービスと、Molotovのようなアグリゲーション型サービスに分かれています。過去にはTF1、M6、France Télévisionsによる共同サービスSaltoもありましたが、すでに終了しています。こうした分散状況の中で、TF1がNetflixにライブチャンネルとカタログを提供することは、単なるコンテンツ供給ではなく、コネクテッドTV時代の視聴導線をめぐる戦略的な提携といえます。TF1はフランスで単体チャンネルとして最大級の視聴シェアを持つ民放の中核プレイヤーであり、今回の動きは、地上波放送の影響力をNetflixの視聴環境に持ち込む試みとして注目されます。
BBCがニュースチャンネルのYouTube配信を試験へ、「視聴者がいる場所に出ていく」戦略が具体化
BBCは、英国外の一部地域で24時間ニュースチャンネルをYouTube上でライブ配信する試験を進めています。候補地域の一つにはオーストラリアが挙がっており、BBCが大きな商業契約を持たない地域でニュースネットワークの活用を広げる狙いがあります。BBCはすでにYouTube向けのオリジナル番組制作でも合意しており、Google出身のMatt Brittin氏をDirector-Generalに起用したことも含め、YouTubeとの関係を深めています。
今回の動きで重要なのは、BBCが自社チャンネルやiPlayerに視聴者を呼び込むだけでなく、視聴者がすでに集まっているYouTube上に自ら出ていく姿勢を強めている点です。BBC Newsの暫定CEOであるJonathan Munro氏も、ニュースチャンネルは今後よりグローバルな視聴者に向けたものになり、英国外では商業収入をより強く伸ばせると説明しています。英国国内の受信料モデルとは異なり、海外ではYouTubeを追加の配信面・収益化チャネルとして活用する意味合いが強まります。
この動きは、フランスのTF1グループがNetflix内でライブチャンネルとTF1+のコンテンツ提供を始めた流れとも重なります。欧州の放送局は、自社配信サービスを維持しながらも、YouTubeやNetflixを単なる競合ではなく、視聴者接点を補完する流通パートナーとして使い始めています。放送局が自社アプリ中心主義を少し緩め、巨大プラットフォーム上の視聴時間を取り込みに行く動きが、ニュースやライブチャンネルの領域にも広がり始めたといえます。
◆ 業界再編(M&A)
Comcastがメディア事業NBCUniversalとSkyを分離し独立した上場会社に
Comcastは、NBCUniversalと英国Skyを新たな独立上場メディア会社として分離する計画を発表しました。会長兼共同CEOのBrian Roberts氏は、この再編がComcastとCharter Communicationsの統合や、NBCUとNetflixの提携・統合といった将来的な大型M&Aの布石ではないと強調し、両社がそれぞれの資産を最大限活用し、有機的成長を追求するための措置だと説明しました。
分離後、Comcast本体はケーブル、ブロードバンド、接続プラットフォーム事業を中心とする会社となり、NBCU/Skyは別の独立した上場メディア会社として運営されます。Comcastは分離後も新メディア会社の株式を最大19.9%、最長1年間保有し、その持分を段階的に売却・現金化していく見通しです。このため、19.9%の保有は支配継続のためというより、移行期間中の一時的な措置とみられ、NBCU/SkyはComcast本体から実質的に切り離されることになります。既存のComcast株主は、分離後のComcastと新メディア会社の両方の株式を保有する見通しです。
この分離に対するアナリストの見方は分かれており、MoffettNathansonは大型M&A観測に否定的な一方、New Street ResearchやEvercore ISIは、分離によってケーブル事業とメディア事業の双方で将来的な再編の可能性が高まるとみています。
今回の分離は、NBCU買収以降続いてきたケーブル/接続事業とメディア事業の一体運営を見直すものです。技術変化、消費者行動、競争環境、資本需要の変化を背景に、両事業を別々に運営する方が企業価値を高めやすいと判断されたようです。
SkyがITVの放送・配信事業買収で条件合意と報道、英国テレビ市場の再編が前進
Comcast傘下のSkyは、ITVのMedia & Entertainment部門を約16億ポンドで買収する条件で合意したと報じられました。対象にはITVの放送事業と配信サービスITVXが含まれ、取引完了後はSkyがITVの従来型リニアチャンネルとITVXを英国事業に取り込む形になります。一方、ITV Studiosは独立した制作会社として存続し、合意の一環としてSky傘下のLove Productionsを取得する見通しです。取引額には、Media & Entertainment事業の将来業績に連動する約2億ポンドのアーンアウト(条件付きの追加支払い)も含まれます。報道時点では、正式発表は2週間以内の可能性があるものの、未完了の法務作業が残っており、時期がずれ込む可能性もあります。
参照(5/14):SkyによるITV買収交渉が最終段階へ、英国放送事業の再編が現実味
一部のメディアがSkyによるITVの買収交渉が最終段階に近づいていると報じています。対象にはITVの地上波チャンネル群と配信サービスITVXが含まれ、ITV株主は制作部門であるITV Studiosを引き続き保有する構想です。取引額は約16億ポンドとされ、2025年11月に表面化した交渉が、放送事業と制作事業の分離をめぐる調整を経て、合意に近づいているようです。
現在検討されている枠組みでは、ITV Studiosが今後もITVチャンネル向けに番組を供給します。また、Sky側の制作関連資産の一部、特に「The Great British Bake Off」を制作するLove Productionsに関係する資産が、ITV Studios側に移る可能性も報じられています。Skyにとっては、従来の有料テレビ事業がNetflix、Disney+、YouTubeなどのグローバル配信・テック企業から圧力を受ける中、英国の無料放送と広告付き配信の基盤を大きく拡張する狙いがあります。
この取引は単なる放送局買収ではなく、英国市場における「有料テレビ+無料放送+広告付き配信+制作」の再編と位置付けられます。ITVXは英国有数の広告付き配信サービスに成長しており、Skyは自社サービスとNetflix、HBO Maxなど外部アプリを束ねるアグリゲーション戦略を進めています。両社が統合すれば、英国市場を基盤とするメディア企業として一定の規模を持ち、グローバル配信事業者やテック企業に対抗しやすくなる一方、広告市場の集中、公共サービス放送としての義務、ニュースの多元性をめぐる規制審査は避けられません。特にITVがニュース制作会社ITNの40%株式を持つ点は、CMA(競争・市場庁)、Ofcom、DCMS(文化・メディア・スポーツ省)による精査の焦点になる可能性があります。ITNはChannel 4やChannel 5にもニュースを供給しており、SkyおよびComcastの影響が多数の放送事業者に及び得るとの懸念につながるためです。
◆ 規制・政策
英国政府、テレビのインターネット配信移行で2034年・2044年案を提示
英国政府は、メディア政策の新たな方向性を示すグリーンペーパー「Watch this Space」を公表し、公共サービスメディアとテレビ配信インフラの将来像について諮問を開始しました。提案では、BBC、ITV、Channel 4、Channel 5、STV、S4Cなどの公共サービスメディアのコンテンツが、ソーシャルメディアや動画共有プラットフォーム上で見つけやすくなるよう、プラットフォーム側に信頼できるニュース提供者の表示強化を求める可能性が示されています。背景には、若年層を中心にニュース接触がオンラインへ移り、16〜24歳の4分の3がソーシャルメディアを主なニュース源としているという利用実態があります。
テレビについては、英国政府が地上デジタル(放送)を少なくとも2034年末まで維持するとしたうえで、インターネット経由のテレビサービスへ計画的に移行する時期として、2034年と2044年の2案を示しました。移行にあたっては、高齢者や脆弱な立場にある視聴者が取り残されないよう、実務的支援、広報キャンペーン、対象を絞った支援策を講じる方針です。
ITVやDTG(Digital TV Group)は今回の見直しを歓迎しており、特にDTGは、テレビの将来は「変わるかどうか」ではなく「いつ、どのように変わるか」が焦点になっていると指摘しています。政府は諮問を経て、望ましい移行時期を今年後半に示す予定です。
また、今回のグリーンペーパーでは、Listed Events制度をVODにも拡大する方針も示されました。これにより、FIFAワールドカップ、オリンピック、ウィンブルドンなどの主要スポーツイベントについて、視聴習慣が変化する中でも、デジタルや配信プラットフォーム上で無料で視聴できる状態を維持する狙いです。
◆ メディア
Intelligent Animation、AI活用でマイクロドラマ型アニメの低コスト化と制作期間短縮へ
業界ベテランのMark Stern氏とLloyd Braun氏が設立した新アニメーションスタジオIntelligent Animationは、AI技術と従来型のアニメーション、VFX、人間の創造性を組み合わせ、短尺・縦型のマイクロドラマ形式によるアニメシリーズ制作の効率化に乗り出します。第1弾は、ウェブコミック・プラットフォームTapasのIP(知財)を原作とする「The Dragon Prince’s Bride」と「The Prince’s Personal Physician」で、Braun氏が関与するマイクロドラマ向けDTCアプリaTwistで年内に配信される予定です。同社は、脚本、オリジナルアート、俳優の演技はAIで生成しないと説明しており、AIはあくまで制作工程の効率化や、時間のかかる作業の短縮に活用する方針です。
マイクロドラマは、1〜3分程度の短いエピソードを連続視聴させ、各話の最後に次話視聴を促す強い「引き」を設けることで、次話視聴や課金、広告視聴につなげるモバイル向けフォーマットです。AIとの相性が良いのは、短尺・大量制作・迅速な改善という構造にあります。低コストで多数の企画を制作し、視聴完了率、次話視聴率、課金転換率などのデータを見ながら、反応の良い作品に資源を集中するポートフォリオ型の制作モデルを取りやすくなります。特に、すでに読者反応のあるウェブコミックIPを原作にすれば、初期リスクを抑えながら短尺アニメ化の実験回数を増やせます。
一方で、AIによる制作効率化は、作品の定型化や量産型コンテンツの氾濫を招く可能性もあります。短期的には「低コストで多数投入し、当たりを探す」モデルが有効でも、ヒット作を長く育てるには、キャラクターや物語の魅力、原作IPの管理、クリエイターや俳優の権利保護が重要になります。今回のIntelligent Animationの取り組みは、AIが創作を置き換えるというより、マイクロドラマ市場における制作の工業化、データ駆動化、IP活用の加速を示す動きと見ることができます。
Instagramは縦型短尺から横型長尺へ進出、自社サービスでの視聴体験を拡充する動き
Instagramは、テレビ向けサービス「Instagram for TV」の機能拡充を通じて、スマートフォン中心だった利用体験をリビングの大画面へ広げようとしています。Samsung TVへの対応拡大に合わせ、横長動画、ストーリーズのテレビ視聴、スマートフォンからリールをテレビにキャストする機能を試すほか、今後はクリエイターによる長尺の連続ストーリーやライブテレビ型のコンテンツにも踏み込む計画です。狙いは、クリエイターが外部サービスで公開している長めの動画や、マイクロドラマのような短尺連続コンテンツをInstagram内に取り込み、視聴時間を自社サービス側にとどめることにあります。YouTubeがテレビ視聴で存在感を強め、Netflixも縦型動画や動画ポッドキャストに進出する中、Instagramはショート動画中心の利用体験にとどまらず、テレビ上でもクリエイター主導の動画視聴を成立させるプラットフォームへ進化しようとしているといえます。
Mainstream Media、Rakuten TVでアニメ専門FASTチャンネル「AKIBA ANIME」を開始
ドイツのメディア企業Mainstream Media AGは、ドイツのアニメ配給・出版事業者peppermint animeと提携し、アニメ専門FASTチャンネル「AKIBA ANIME」をRakuten TVで開始しました。同チャンネルは2026年6月16日に欧州で提供を開始し、「鬼滅の刃」「ソードアート・オンライン」「ハイキュー!!」「STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)」「暗殺教室」など、アニメの人気作や定番作品を24時間編成で無料配信します。
Mainstream Mediaは、ドイツ語圏でGoldStar TV、Heimatkanal、Romance TVなどの有料テレビ・ストリーミングチャンネルを運営しており、FAST領域でもFILMGOLDなどを展開しています。今回の「AKIBA ANIME」は、日本企業が直接運営するチャンネルではなく、ドイツ企業によるアニメ専門FASTチャンネルですが、配信するRakuten TVは楽天グループ系の欧州向けストリーミング/FASTプラットフォームです。Rakuten TVは欧州43地域で展開し、FAST、AVOD、TVODを組み合わせて提供しています。同サービスで配信されることで、「AKIBA ANIME」は欧州のスマートTV、ストリーミング端末、モバイルアプリ、Webプラットフォームを通じて広く視聴可能になります。
Disney、映画館の大型・高品質スクリーン認証「Infinity Vision」を展開
Disneyは、「アベンジャーズ/エンドゲーム」の再上映版「Avengers: Endgame Encore」や12月公開予定の「Avengers: Doomsday」に向け、独自の大型・高品質スクリーン認証「Infinity Vision」の展開を進めています。Infinity Visionは、IMAX、Dolby、4DX以外の大型・高品質スクリーンをDisneyが認証し、観客に分かりやすく案内する仕組みです。PLF(Premium Large Format)は、通常スクリーンより大きな画面や高性能な音響・映写設備を備えたプレミアム上映形式を指し、IMAXやDolby Cinemaなどが代表例です。Infinity Visionは、そのうち既存の主要ブランドに含まれない良質なPLFスクリーンを可視化する取り組みと位置づけられます。認証には、45フィート(約13.7メートル)以上のスクリーン幅、Dolby Atmosまたは7.1ch相当の音響、一定以上の明るさなどの条件があり、世界の映画館スクリーンから7500件以上の申請が寄せられています。
この動きは、新たな上映技術の導入というより、既存の良質なPLFスクリーンに一定の基準を設け、観客が高品質な上映環境を選びやすくするための認証制度と見ることができます。観客にとっては、IMAXやDolby以外でも大型スクリーンや優れた音響を備えた劇場を区別しやすくなる点がメリットです。映画館側にとっても、既存設備で認証を受けられれば、大規模な追加投資を抑えながらプレミアム上映として訴求しやすくなり、チケット単価や稼働率の向上につながる可能性があります。一方で、各スタジオが独自のPLF認証を始めれば、観客への説明や劇場運営が複雑化する懸念もあります。今後は、Infinity VisionがDisney作品向けの認証にとどまるのか、映画館業界全体でPLFを分かりやすく示す共通基準づくりにつながるのかが注目されます。
◆ インフラ
ケーブルのコンバージェンス戦略は“成長策”か、それとも“減少緩和策”か
米国では、ComcastやCharterなどのケーブル事業者と、AT&T、Verizon、T-Mobileなどの通信事業者が、固定ブロードバンドとモバイルを組み合わせるコンバージェンス戦略を強化しています。MoffettNathansonは、ケーブル事業者がこの分野で通信事業者より有利な立場にあると分析しています。理由は、ケーブル事業者が自社の広い固定ネットワークの提供エリア全体で固定・モバイルのバンドルを販売できる一方、通信事業者が光ファイバーとモバイルを組み合わせて提供できる地域はまだ限られているためです。
AT&Tは「OneConnect」、Verizonは「Verizon One」を通じて、光ファイバーとモバイルのバンドルを打ち出しています。しかしMoffettNathansonによれば、AT&Tの光ファイバー網は現在、米国全体の約21%をカバーするにとどまり、2030年までに商用を含む6000万の接続可能地点へ拡大しても約32%です。Verizonも現在の光ファイバー提供エリアは約17%で、4000万〜5000万の接続可能地点まで拡大した場合でも約24%にとどまる見通しです。T-Mobileの光ファイバー事業や合弁事業はさらに小さく、現在は米国世帯の約2%、2030年時点でも1200万〜1500万の接続可能世帯という計画の中央値では約7%にすぎません。各社はFWAも活用していますが、容量制約や性能面の課題が残ります。
一方、ケーブル事業者はモバイルではMVNOを基盤としながら、顧客の無線トラフィックの多くをWi-Fiに流し、一部をCBRSネットワークにオフロードすることで、モバイル提供コストを抑えています。MoffettNathansonは、コンバージェンスを「値引きの別名」と位置づけつつも、収益性を保ちながら値引きできる事業者が優位に立つと見ています。その意味で、固定ネットワークの広さとモバイルの低コスト構造を組み合わせられるケーブルは、通信事業者よりもバンドルを積極的に打ち出しやすい立場にあります。
ただし、この優位性をそのまま「固定ブロードバンドの再成長」と見るのは早計です。足元では、ケーブル事業者の固定ブロードバンドの加入者は減少しており、成長しているのは主にモバイル回線です。つまり、コンバージェンスは固定加入者を大きく増やす攻めの成長策というより、既存顧客の解約を抑え、モバイルを追加することで顧客単価や関係性を維持する減少緩和策としての色合いが強いと考えられます。MoffettNathanson自身も、コンバージェンスが固定・モバイル販売の標準形になるとは見ておらず、市場全体を支配するのではなく、一つのセグメントとして拡大していく可能性を示しています。ケーブルの優位性は、通信事業者との相対比較では明確ですが、それは市場を一気に取り戻す力というより、加入者減少局面で収益性と顧客接点を守るための戦略的な優位と捉えるべきです。
世界の固定ブロードバンドは光ファイバー化が進展、米国でも主流に?
Spiceworksは、2026年時点のインターネット接続の現状について、モバイルと固定を含む世界のブロードバンド利用動向を整理しました。ITUによると、世界のインターネット利用者は60億人を超え、ブロードバンド契約数はモバイルと固定を合わせて約100億件に達しています。インターネットは個人の通信手段にとどまらず、企業活動や商取引を支える重要インフラとなっており、米国では2025年のオンライン消費額が1兆2300億ドルに達しました。
固定ブロードバンドでは、米国では2024年6月時点で同軸ケーブルが固定接続の59%を占め、光ファイバーは約25%にとどまっていました。一方で高速化は進んでおり、ギガビット級の固定回線は2020年6月の860万件から2024年6月には3440万件へと4倍に増加しました。ただし、上り速度ではなお課題が残り、2024年6月時点で上り500Mbps以上の固定接続は全体の17%にとどまりました。
世界的には、欧州やアジアの一部市場で光ファイバー化が大きく進んでいます。OECDデータでは、固定ブロードバンド契約に占める光ファイバー比率はアイスランド93%、韓国90%、スペイン89%、フィンランド82%、リトアニア81%、日本79%と高水準です。これは、各国でFTTHやFTTBなどの光系アクセスが固定ブロードバンドの中心になっていることを示しています。
米国でも光ファイバー展開は加速しており、Fiber Broadband Associationは、光ファイバーが米国の家庭の60%超をカバーし、早ければ2028年にもケーブルを抜いて主流の固定ブロードバンド基盤になる可能性があるとしています。動画配信、リモートワーク、クラウドサービス、接続デバイス、AIツールの利用拡大により、家庭・企業のデータ消費は今後も増え続ける見通しです。そのため、固定ブロードバンドの光ファイバー化は、単なる高速化ではなく、今後のデジタル経済を支える基盤整備として重要性を増しています。
MTN、光ファイバー網をAIセンサーネットワーク化し障害対応を迅速化
MTN Groupは南アフリカ発祥の通信大手で、アフリカ19市場で事業を展開し、3億1270万の加入者を抱えるアフリカ最大級の通信事業者です。同社は、光ファイバー網を単なる通信インフラではなく、物理的な異常を検知するセンサーネットワークとして活用する取り組みを進めています。具体的には、光ファイバー上の微細な振動を監視し、エージェント型AIが通常時のネットワーク挙動を学習することで、掘削や道路工事などによるファイバー切断を早期に検知し、技術者への通知や復旧対応を迅速化します。
MTNは、AI活用により今後3〜5年で300億ランド(約2950億円)の価値創出を目指しており、このうち150億ランドは社内業務へのAI導入、残り150億ランドは顧客・法人向けAI製品の展開によるものと位置付けています。ネットワーク運用では、スマートエージェントを導入してインシデント管理を支援し、承認プロセスを経たうえで一部ネットワークパラメーターの調整にも活用する方針です。
光ファイバーをセンサーとして使う技術自体は、DAS(Distributed Acoustic Sensing、分散型音響センシング)やDFOS(Distributed Fiber Optic Sensing、分散型光ファイバーセンシング)として世界的に研究・実証が進んでおり、OpenreachやOrangeなども水道管の漏水検知などで試験を行っています。ただし、MTNの事例は、通信事業者自身の商用光ファイバー網における障害検知と復旧時間の短縮を目的に、AIエージェントと組み合わせて運用へ組み込もうとしている点で、先行的な商用展開事例の一つと位置付けられます。
MTNがこうした取り組みを必要としている背景には、アフリカでのデータ需要拡大と、それに伴う光ファイバー網の急拡大があります。同社は現在約14万kmの光ファイバー網を、2030年までに42万〜56万kmへ拡大し、1億人の新規顧客獲得を目指しています。ネットワークが広域化するほど、掘削や道路保守に伴うファイバー切断はサービス品質、復旧コスト、顧客体験に直結する大きなリスクになります。従来は損傷の診断と修理に約8時間を要していたため、AIによる事前検知と迅速な現場対応は、MTNにとってネットワーク拡張と収益化を支える重要な運用基盤になります。
CityFibre、VodafoneThree向けモバイルバックホールの提供で収益源を拡大
英国の独立系フルファイバー・インフラ事業者CityFibreは、Vodafone UKとThree UKの統合で誕生したVodafoneThreeとの長期提携を拡大し、同社のモバイルネットワーク向けに伝送サービスを提供する新たな契約を結びました。CityFibreはVodafoneThreeの複数のモバイルサイト向けに光ファイバー接続を提供する優先サプライヤーとなり、英国全土での5G Standalone展開を支援します。
CityFibreはこれまで、Vodafoneなどの通信事業者を通じて住宅向けFTTHサービスを支えるホールセール事業者として成長してきました。ネットワークはすでに470万以上の接続可能世帯をカバーし、今後800万以上への拡大を目指しています。一方で、英国の代替系光ファイバー事業者は巨額の先行投資と顧客獲得の時間差に直面しており、住宅向けブロードバンドだけで投資回収を進めるには時間がかかる構造にあります。
今回の契約は、CityFibreが住宅向けFTTH卸売に加え、モバイルバックホールやネットワーク伝送サービスへと収益源を広げる動きと位置付けられます。5G Standaloneの展開や基地局の高密度化に伴い、モバイル事業者には大容量・低遅延の光ファイバー接続が不可欠になっています。CityFibreにとっては、既存の光ファイバー網を住宅、企業、公共部門、モバイルの複数用途で活用し、OpenreachやVirgin Media O2に対抗する全国規模のホールセール・インフラ事業者としての存在感を高める狙いがあります。
欧州、5G FWAの提供事業者数で世界最多に、ただし利用規模では米国・インドなどが存在感
GSAの最新調査によると、欧州は5G FWAサービスを提供する通信事業者数で世界最多となり、EU27カ国では商用開始済みの5G FWAネットワークが108件に達しました。FWAは5Gの早期収益化を支える有力用途と位置付けられており、固定ブロードバンドが十分に整っていない地域で、住宅向け・法人向けの高速接続手段として重要性を増しています。
ただし、ここでの「欧州首位」はあくまで提供事業者数の話であり、利用者数・接続数ベースでは米国やインドのように、大手事業者が大規模に加入者を獲得している市場の存在感が大きいとみられます。一方で、事業者数が多いことは、5G FWAが欧州の多くの国・地域で商用サービスとして実装されていることを示しており、事業者間の競争、料金設計の多様化、CPEの選択肢拡大、農村部や採算が取りにくい地域への展開ノウハウ蓄積に寄与し得る点ではプラス材料です。欧州では市場が国別に細分化され、FTTHなど既存の固定ブロードバンドとの関係も強いため、FWAは主力の全国的成長エンジンというより、農村部・低採算地域・短期間での導入、法人向けバックアップ回線、銅線網停止時の補完策として使われている面があります。つまり、欧州は5G FWAの「展開の広がり」では先行しているが、「利用規模」では米国やインドのような大規模市場がより目立つという構図です。
Orange、AI時代の6Gを見据え「意味」を伝えるセマンティック通信を研究
OrangeはフランスのCEA(Commissariat à l’Énergie Atomique et aux Énergies Alternatives、フランス原子力・代替エネルギー庁)と共同で、AIネイティブな将来ネットワークを見据えた5年間の研究ラボ「AI-Native Communications」を立ち上げました。研究の中心となるのは、従来のようにデータを1ビット単位で正確に伝送するのではなく、受信側が必要な「意味」を理解できれば通信は成立すると考えるセマンティック通信です。たとえば画像やテキストの全データを送る代わりに、AIがタスクを実行するために必要な特徴や文脈だけを送ることで、ネットワークを流れるデータ量や処理負荷を削減できる可能性があります。
この考え方は、ある意味で人と人とのコミュニケーションのAI版とも言えます。人間同士は、共通の文脈や目的を前提に、すべてを逐語的に伝えなくても意思疎通できます。セマンティック通信も同様に、AI同士や機械同士が目的達成に必要な意味だけを交換することで、通信の効率を高めようとするものです。ただし、AI間で何を「意味」とみなすのか、送信側と受信側で解釈をどう一致させるのか、これをアプリごとの仕組みではなくネットワーク共通の機能としてどう実装するのかといった課題は残されています。
同様の研究はOrange/CEAに限らず、Nokia Bell LabsとKT、欧州の6G-GOALSやHexa-X-II、Ericsson、Huaweiなどでも進められており、6GやAIネイティブネットワークの有力テーマの一つになっています。ただし、現時点では研究・実証段階にあり、6Gの初期標準に直ちに入るというより、2030年ごろから標準化議論が本格化し、2030年代の中長期的な発展テーマになる可能性が高いとみられます。OrangeとCEAの取り組みは、セマンティック通信を単なる学術研究にとどめず、通信事業者の実ネットワーク運用にどう組み込めるかを検証する点で注目されます。
A1、Nokia、Skyfora、5G基地局を局地気象予測向けセンサーに活用
A1は、NokiaおよびフィンランドのSkyforaと共同で、既存の5G基地局を活用して高精度な気象データを取得する実証を進めています。この技術は、基地局で受信するGNSS(全球測位衛星システム)の信号が大気中の水蒸気によって遅延・変化する性質を利用し、大気中の水蒸気量を推定するものです。水蒸気は降雨、雷雨、霧の発生に深く関わるため、従来の気象レーダー、衛星、観測所、数値予報モデルを補完する新たな観測データ源として期待されています。
特徴は、専用の気象観測設備を新設するのではなく、すでに各地に展開されている通信インフラを「高密度な水蒸気センサー」として利用できる点にあります。特に、天候が狭い範囲で急変しやすい山岳地帯や都市部では、局地的な大気状態をより細かく把握できる可能性があります。A1はオーストリアのアルプス地域で実証を進めており、鉄砲水の早期検知、水力発電の運用最適化、交通管理、緊急対応などへの応用を想定しています。
日本では、GNSSを使った水蒸気観測はすでに行われており、国土地理院の電子基準点データから推定される可降水量は、気象庁の数値予報モデルにも活用されています。仮にモバイル基地局からも安定してGNSS信号解析による水蒸気データを取得できれば、観測点の密度がさらに高まり、ゲリラ豪雨のような局地的・短時間の大雨や、線状降水帯につながる水蒸気の流入・集中をより細かく把握できる可能性があります。
ただし、この技術だけでゲリラ豪雨や線状降水帯の発生地点を正確に予測できるわけではありません。線状降水帯は、水蒸気量に加えて、下層の湿った空気の流入、風の収束、地形、前線、積乱雲の連続発生など複数の要因が関係します。したがって実用上は、気象レーダー、衛星、アメダス、既存のGNSS観測、数値予報モデル、AIベースの予測技術と組み合わせることで、局地的な豪雨リスクの把握や予測精度の向上に貢献する補完技術と位置づけられます。
Vodafone SpainがAST・Vodafone系欧州JVとD2D展開へ、SpaceX一極依存を避ける欧州の受け皿づくりが進む
Vodafone Spainは、AST SpaceMobileとVodafone Groupの合弁会社Satellite Connect Europeと提携し、2027年にD2D(直接端末接続)衛星サービス「Vodafone SAT」を開始する計画です。
Vodafone Spainは、2024年に英国の投資会社Zegona Communicationsへ売却されており、現在はVodafone傘下ではありません。ただし、Vodafoneブランドを維持し、一部の共通サービスを通じてVodafone Groupとのつながりを保っているため、D2Dの提携先としてVodafoneが関与する欧州JVを選んだ形です。サービスは企業・消費者向けに音声、メッセージング、データを提供し、地上ネットワークが届かない地域での接続性や災害時のネットワーク強靭性を高める狙いがあります。
Satellite Connect Europeには、Vodafone Spainのほか、Orange、Telefónica、CK Hutchison、Sunrise、Vodafone Ireland、VodafoneThreeなどが関わっており、欧州のモバイル事業者向けにSpaceX/Starlinkに対抗する選択肢を整える動きと位置づけられます。ただし、これはSpaceXを排除する動きというより、Starlinkを使いながらも依存しすぎないためのマルチベンダー戦略と見るべきです。スペインではMasOrangeがStarlinkのD2D提携を持つ一方、AST・Vodafone系のSatellite Connect Europeを導入する可能性もあります。フランスではOrangeがAST側の主要パートナーとなっていますが、同社はStarlinkを含む複数の衛星事業者とも関係を持っています。つまり欧州では、SpaceXの実行力を評価しつつも、通信主権、安全保障、規制対応、交渉力の観点から、単一の米国企業に衛星接続の主導権を握らせない体制づくりが進んでいるといえます。
Satellite Connect Europeを間に置く構図も重要です。AST SpaceMobile自体は米国企業ですが、Vodafoneとの合弁による欧州向け事業体を設けることで、各国のモバイル事業者が契約しやすくなり、地上局整備、周波数利用、規制当局との調整、公共部門向け用途への説明もしやすくなります。完全な欧州主権型衛星ネットではないものの、米国のAST技術を使いながら、欧州の通信事業者が主導権を持ちやすい商流と運用体制に組み替えている点が、今回の最大のポイントです。
当研究所では、ケーブル業界の独自の視点で放送・通信・メディア等に関する海外動向の調査・分析を行っております。このノートでは、おもに海外で一般に公開されたニュースや企業からの発信情報をもとに興味深いものをご紹介します。
監修者・執筆者:J:COM あしたへつなぐ研究所 編集部メンバー
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