ジェルブロワ、青い食卓_〜画家シダネルと「バラの村」ジェルブロワ
「フランスの最も美しい村」をご存知だろうか?
1982年にフランスで設立された組織で、地域文化や伝統を受け継ぐ村の歴史的価値の向上と保護、観光に関わる経済活動の促進を目的としている。
「最も美しい村」に選ばれるには、人口が2000人以下で都市化されていないこと、歴史的建造物や自然遺産などの保護地区を2ヶ所以上有し、その保護のための活動を行っていることなど、いくつもの基準が定められている。そして、景観を損ねるような建物や設備の建造は制限される。認定の後も審査は行われ、条件を外れれば資格を剥奪されてしまう。
そんなシビアな条件をクリアし、「美しい村」として認められている村は現在150以上にのぼる。
北フランスにある人口100人にも満たない「バラの村」ジェルブロワもその一つだ。1000年以上前まで遡る歴史を持つこの村は、幾度も戦争にも巻き込まれ、一時期は荒れ果てていた。しかし、20世紀に画家アンリ・ル・シダネルによって見出されたのをきっかけに、村は生まれ変わり、現在は「もっとも美しい村」として人気のある観光スポットの一つとなっている。
今回は「バラの村」ジェルブロワと、印象派の光と色彩の表現を受け継ぐ画家シダネルの物語を紹介しよう。
①ジェルブロワ
ジェルブロワは、パリの北西、ピカルディー地方とノルマンディー地方の境に位置する村で、10世紀に要塞として作られた。
二つの地域の境に位置することから村は歴史の中で幾度も戦争に巻き込まれてきた。特に百年戦争時には、イギリスの支配下にあったために激戦区の一つとなり、1435年の戦いではフランス軍に徹底的に破壊された。
16世紀の宗教戦争(ユグノー戦争)終結後、アンリ4世が砦を取り壊すと、ジェルブロワは荒れ果て、「フランスの最も小さな村」となる。そして20世紀初頭に、一人の画家によって見いだされるまで長い眠りにつくこととなる。
②アンリ・ル・シダネル
アンリ・ル・シダネルは1862年インド洋のモーリシャス島に生まれた。自然豊かな島でのびのびした少年時代を送った彼は、10歳の時に両親と共にフランスに戻り、ダンケルクに住むようになる。
その後得意な絵の道に本格的に進むべくパリに出、20歳で国立美術学校に入学する。が、正確な形態把握や陰影法など伝統的なルールを重んじる学校の教えや都会パリでの生活にシダネルは満たされないものを覚えていく。彼は、当時ようやく画壇に受け入れられるようになっていた印象派の明るい色彩や光の表現にむしろ心惹かれるものを感じていた。
やがてパリを離れる決意をした彼は、10代を過ごしたフランス北部へと足を向ける。そして小さな漁村エタプルを気に入ると、1885年からの約10年間、同地に滞在する。
エタプルでの静かで穏やかな日々は、シダネルに心の癒しだけではなく、独自の画風確立につながるヒントをももたらしてくれた。
北フランス特有の「光」である。
北フランスの空は雲が多いため、太陽の光は淡く弱い。しかし、淡い光の微妙にゆらめく様や、霞みがかって見える色彩をシダネルは心から「美しい」と感じた。
彼はエタプルをはじめとする北部の風景をモチーフに描くようになる。この<ベルク、孤児たちの散策>もその一つだ。

この作品は、エタプル近郊のベルクに隣接する小さな街の孤児院の子供達を描いたもので、全体的に淡い色調でまとめられている中、人物達のまとう服のグレーや濃紺がアクセントを添える。
柔らかな光の中、ゆるやかに流れる時間と静かな抒情性を感じさせるこの作品は、エタプルを描いたもう一枚の作品と共に1888年のサロンに入選。シダネルにとって最初の成功となった。
③シダネルとジェルブロワ
1894年にシダネルはエプタルを離れ、ヴェネツィアやブリュッセルなどヨーロッパ各地を旅してまわりながら各地の風景を描き続ける。
そんな旅の途中の1901年、シダネルはジェルブロワを訪れる。木や石、レンガで作られた家々が並ぶ村の佇まいや静かな雰囲気を気に入った彼は、同年4月に村内の家を借りて引っ越した。
以来シダネルは家をバラで飾り、庭にも種々の花々を植え、イタリア式の美しい庭園へと作り替えていく。
さらにシダネルは、村人たちにも各々の家の前にバラを植えるように呼び掛け、色や植え方についても細かくアドバイスした。
こうして、かつての「虐殺と略奪の地」は、歴史を感じさせる家が並び、バラが村中に咲き乱れる「バラの村」へと生まれ変わった。
そんな村の景観は、シダネルのインスピレーションを刺激し、多くの作品が生まれた。

例えばこの〈黄昏の古路〉は、夕暮れ時の村の一角を描いたものだ。辺りは既にほの暗く、人の姿は見当たらない。
そんな中で左側の家の一階に灯る明かりが中に人がいることをほのめかしている。明かりの黄色は温かで、窓にかかるカーテンの薄紫色との取り合わせも印象的だ。
壁には蔓が這い、二階の窓辺には赤いバラの鉢植えも置かれている。
数百年の歴史を持つ村独特の静かで古風な雰囲気が、見る者の胸に沁みてくる。

一方、この〈ジェルブロワ、青い食卓〉は、ジェルブロワのシダネルの家を舞台にした作品だ。
家の壁際にはプランターが置かれ、壁や屋根に沿って蔓が伸び、バラが咲き乱れている、右手奥にはバラのアーチも見える。
そして手前にはタイトルにも入っている青いテーブルと二脚の椅子。〈黄昏の古路〉と同じく人の姿は見えないが、飲みかけの白ワインが入ったグラスが、先ほどまで人がここにいたことを暗示している。
椅子の上には白いバラが置かれ、家の主の心尽くしが感じられる。
これらの風景を見ていると、その穏やかで微睡むような空気の中に自分もまた入っていけそうにも感じられる。
絵と向き合い、時が止まったような安らぎの中にしばし浸ってみるのも、楽しみかたの一つだろう。
シダネルは自宅に彼自身の美意識を反映させた庭を作っただけではなく、村人たちに自ら働きかけることで、かつて戦争の舞台となった要塞都市を美しく生まれ変わらせた。
1928年からは、毎年6月に彼が発案したとされるバラ祭りも開催されるようになり、現在も続いている。(2025年は6月1日開催)
まさにジェルブロワそのものが画家シダネルの壮大な「作品」と言っても過言ではあるまい。
