50代・無職の1日。バケツのメダカにエサをあげる、10分間の静かな救い。
我が家のベランダにある青いバケツに、3匹のメダカがやってきてから数日が経ちました。
相変わらず就活の状況は厳しく、朝起きても「どこかへ出勤する」という予定はありません。かつて忙しく働いていた自分が嘘のように、ぽっかりと空いた1日の時間。その長さを持て余しそうになるとき、私はベランダのバケツの前にしゃがみ込みます。
最近の私のささやかな日課は、彼らに朝のエサをあげることです。
100円ショップで買ってきた小さなメダカのエサ。それを指先でほんの少しだけつまんで、水面にパラパラと落とします。
最初は驚いて水底に逃げていた3匹ですが、今では私が近づくと「待ってました」と言わんばかりに、小さな尾ひれをパタパタと振って水面に集まってくるようになりました。パクパクと小さな口を動かして、一生懸命にエサを食べる姿。
ただそれだけの光景なのですが、気がつくと私は、バケツの前で10分も20分もじっとその様子を眺めてしまっています。
ふと、水面に自分の顔がぼんやりと映り込みました。
そこに映っていたのは、数日まともに剃っていない、白髪の混じった無精髭だらけの自分の顔でした。
誰に会うわけでもないからと、髭を剃るのすら後回しにしていた現実。鏡を見ることも減っていた中で、ベランダのバケツの水面に映ったその冴えない自分の姿に、なんだか急に胸がチクリと痛みました。
社会の時計は、今日もものすごいスピードで動いています。
周りの同世代の人たちはいま頃、身だしなみをキチッと整えて、会社で責任のある仕事をしたり、忙しく社会に貢献したりしているはずです。
それに比べて、自分は平日の朝から、無精髭を生やしたままベランダでバケツを覗き込んでいる。
「50代にもなって、なんて生産性のない姿で、なんて時間の使い方をしているんだ」
「そんな暇があるなら、1秒でも早く髭を剃って、就職活動のパソコン画面を睨みつけていろ。自業自得のくせに呑気すぎる」
そんな冷たい声が、どこからか聞こえてくるような気がします。
自分でも、本当に情けなくなる瞬間はあります。焦らなければいけないのに、何をやっているんだろう、と。
でも、このバケツの前でしゃがみ込んでいる時間だけは、世間の厳しい目線や、自分が背負っている「無職」という重い肩書から、一瞬だけ解放されるのです。
メダカたちにとっては、私の顔が無精髭だらけだろうが、50代の無職だろうが、関係ありません。ただ「エサをくれる、ちょっと大きな存在」として、真っ直ぐに信じて集まってきてくれる。
「自分を必要としてくれる場所なんて、もうどこにもないかもしれない」
とハローワークの窓口で凹まされた私の心を、このバケツの中の3匹が、ささやかに、でも確かに繋ぎ止めてくれています。
エサを食べ終えたメダカたちは、またバケツの底の方へスイスイと戻っていきました。
水面に映る自分の無精髭をちょっと指でさすりながら
「よし、まずは髭を剃って、身なりを整えよう」
と思いました。彼らのためにも、自分のためにも。
私の泥臭い暮らしは、今日もバケツの隣で続いています。
バケツの水面に映った自分の無精髭にハッとしてから、私は久しぶりにカミソリを当てて身なりを整えました。
それだけで、不思議と沈んでいた気持ちが少しだけカチッと切り替わるのが分かります。
身だしなみを整えたついでに、私はベランダの3匹のメダカたちのために、少しだけ飼育環境を良くしてあげようと外出することにしました。
向かったのは、ある大きめの100円ショップです。
今の私にとって、普通のホームセンターやペットショップに並ぶおしゃれなアクアリウム用品は、眩しすぎて目の毒でしかありません。でも、今の100円ショップは本当に凄いです。メダカのカルキ抜き、水草の代わりになるプラスチックの置物、ちょっとしたお掃除用のスポイトまで、何でも100円で揃ってしまいます。
カゴを片手に「どれがバケツに合うだろう」「これを入れたら喜ぶかな」と棚を眺めている時間は、本当に久しぶりの感覚でした。
「何を買ってもいい、自由に選べる楽しさ」
無職になってからというもの、買い物といえばスーパーの見切り品か、生きるために最低限必要なものだけを義務のように義務的に買う日々でした。「楽しむために、自分の意思で商品を選ぶ」という贅沢な時間を、私はずっと忘れていたのです。
ふと我に返ると、周りには夏休みの工作の材料を嬉しそうに選ぶ親子連れや、新生活の雑貨を楽しそうに品定めする若いカップルの姿がありました。
100円の便利グッズを真剣に凝視している、50代・無職の自分。
「50代にもなって、100円ショップでメダカの道具を選ぶのにそんなに時間をかけている場合か」
「自業自得の崖っぷち生活なんだから、そんな呑気な楽しさに浸っていないで、早く定職に就け」
そんな冷たい視線が、店内の明るい照明の下で、自分の影から伸びてくるような錯覚を覚えます。
確かにその通りです。楽しんでいる場合ではないし、100円、200円の出費だって今の私には貴重な生活費の一部。甘えていると言われれば返す言葉もありません。
でも、この「100円で小さなワクワクを買う」という時間のおかげで、ハローワークと部屋の往復だけで完全に灰色に染まりきっていた私の毎日に、ほんの少しだけ色がついたような気がしたのです。
新しい餌とカルキ抜き、スポイトの合計で300円分の買い物を終え、家に帰りました。
私の格好のつかない、でも小さな楽しみを見つけるあがきは、バケツの水の青さと一緒に明日へ続きます。
