ぼくとフジロック②
2013年、7月中旬、ぼくはまた震えていた。
武者震いではない。
かの生涯無敗の宮本武蔵も真剣勝負の前には武者震いしていたという。
でもぼくのは武者震いではない。
単純に怖くて震えていたのだった。
またあのパフォーマンスをしに1人でフジロックに行くのか…
それを想像すると恐怖を感じ、またブルブルと震えていたのだった。
前年、あのパフォーマンスをして帰ってきたぼくのメンタルは無敵だった。最強だった。
自分には出来ない、無理だろうという事に挑戦し、行動したことによって、
2億円貯金がある人くらいのメンタルになっていた。すれ違う人たちの幸せを願い、ゴミを拾い、
いつも心穏やかで優しく、前向きでポジティブ。
なんでも出来る!なんにでもなれる!俺は凄い!!
というメンタルだ。
それが、1ヶ月経ち、3ヶ月経ち、半年が過ぎるあたりにはまた日常に慣れ、貯金2万くらいのメンタルに戻っていたのだった。
今は、ルーキーアゴーゴーの応募はネットに音源や
動画をアップしての応募だが、昔は、CDを制作し送るという応募方法だった。懸賞の本を読みふけり、どうやったら見てもらえるか、どうやったら人の心に残るものになるか、それを研究した。
音楽を研究し、そっちをもっと頑張れや!とお叱りを受けそうだが、自分の作った音楽には、なぜか自信をもっていた。アホなのだ。
そして、その懸賞の本には、
とりあえず、
☆目立つものであること
☆感謝の言葉を大袈裟にたくさん伝えること
☆この制作にどれくらい時間がかかっただろうと
相手側に思わせるくらい手が込んだものにすること
などが書いてあった。
おし!!これや!!これを全部やろう!いける!
それで、CDのジャケットをこだわり制作し、手紙を同封し、感謝やなぜフジロックにこだわるのかをこれでもかと大袈裟に書き、金の折り紙を買ってきてそれで封筒を作り、おもいっきり目立つ様な仕様にして投函した。
前年の2012年のフジロックは初めて雨が降らなかったか、少なかったかで後年語り草になっているフジロックである。それは、ぼくのお陰だと思っている。ぼくは、日本一の晴れ男を自負してるため、
ぼくがフジロックに出演するとまた雨が降ることはないのでお得ですよ!みたいな事も手紙にこれでもかと書いた。後から考えると、これが運営側をイラっとさせたのかもしれない。
パワースポットと呼ばれる神社を検索し、たくさんお参りにも行った。
やれることは全部やってひたすら、祈っていた。
頼む!今年こそは、あのパフォーマンスをせず、正規のルートで出演できますように!と祈っていた。
もはや、フジロックに出たいのか、あのパフォーマンスをしたくないから必死になっているのか、よくわからん精神状態になっていた。
そして、
また応募に落ちたぼくは、ブルブルと震えていたのだった…
