🎞️『花嫁は二度死ぬ』🎞️
「死んで花実が咲くものですか」
そう言って笑っていた前妻の静江が、
本当に花実を咲かせに帰ってくるとは、誰も思っていなかった。
「健やかなるときも、病めるときも……」
牧師の厳かな声が響くチャペル。
最前列に座る親族たちの視線は、
鋭いナイフのように新郎の背中に突き刺さっていた。
新郎は、七十歳になる資産家の源造。
そしてその隣で、真っ白なベールに包まれているのは、
二十代半ばの若く美しい娘、ルミだった。
「ひどいものね。お義母さまが亡くなって、まだ三日よ」
源造の長女、秋子が隣の夫に耳打ちする。
「葬儀の翌日に籍を入れて、今日が挙式だなんて。
遺産目当ての若い女にたぶらかされたのよ」
親族一同、憤慨というよりは、
あまりの節操のなさに呆れ果てていた。
前妻の静江は、四十年間この家に尽くし、
三日前に心不全で急逝したばかりなのだ。
「……汝、この者を妻とし――」
牧師が誓いの言葉を問いかけた、
その時だった。
ガチャン、と重厚なチャペルの扉が左右に開け放たれた。
逆光の中に立つ、一人の人影。
参列者が一斉に振り返り、悲鳴が上がった。
そこに立っていたのは、死んだはずの静江だった。
しかも、今の新婦・ルミと全く同じデザインの、
純白のウェディングドレスを身にまとって。
「源さん。ずいぶんと急ぐのね」
静江の声だった。
少し低めで、落ち着いた、あの聞き慣れた声。
源造は顔を真っ青にし、ルミの腕を掴む力が強まった。
「し、静江! お前、死んだはずじゃ……」
「三途の川が混んでいてね。戻ってきちゃったわ」
静江は、一歩、また一歩とバージンロードを歩いてくる。
カツン、カツンと響くヒールの音。
幽霊にしては、ずいぶんと足取りがしっかりしている。
「お義母さま!」
秋子が駆け寄ろうとしたが、静江の放つ奇妙な迫力に足が止まった。
静江は祭壇の前まで来ると、怯える新婦のルミをじろりと睨みつけた。
「いいドレスね。でも、そのドレスを買ったのは私の貯金でしょ?」
「ひっ……!」
ルミが源造の背中に隠れる。
源造は震えながら叫んだ。
「警備員! 警備員は何をしている! 追い出せ、この化け物を!」
「あら、ひどい言い草。でも源さん、あなたが私に飲ませたお薬、
少し量が足りなかったみたいよ」
静江の言葉に、会場が凍りついた。
秋子が目を見開く。
「お薬って……お父さま、どういうこと?」
「し、知らん! 妄言だ!」
静江はふふっと笑い、ベールを跳ね上げた。
そこにあったのは、死人の青白さではなく、
怒りに燃える生身の女の顔だった。
「警察なら外に呼んでおいたわ。
ルミさんだったかしら?
あなたが源さんと共謀して、私の睡眠薬をすり替えるところ、
寝室の隠しカメラがバッチリ撮っていたのよ。
私が死んだふりをして、あなたたちがどう動くか……葬儀の間中、
棺桶の中でニヤニヤしながら見ていたんだから」
「棺桶の中で……?」
秋子が絶句する。
そういえば、火葬の直前に源造が
「密葬にしたい」と言い張り、
早々に棺を運び出していた。
「協力してくれたお医者様には感謝しないとね」
静江が合図をすると、教会の入口から本物の刑事が数人入ってきた。
源造とルミは、逃げる間もなく腕を掴まれた。
「離せ! 私は資産家だぞ!」
「源ちゃん、助けてって言ったじゃない!」
「うふっ、何が、源ちゃんよ。」
騒然とする中、二人は連行されていった。
チャペルには、静江と、呆然自失の親族だけが残された。
静江は、純白のドレスの裾を少し持ち上げ、
牧師に向かって丁寧に会釈した。
「お騒がせしました。式は中止です。……ああ、それから秋子」
「は、はい、お義母さま」
「明日の夕飯は、お祝いにお寿司を取りましょう。
私の『二度目の結婚式』が、無事に終わった記念にね」
静江は、未亡人というよりは、
戦いに勝った将軍のような足取りでチャペルを去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、秋子は確信した。
(幽霊よりも、生きている人間……
それもお義母さまの方が、よっぽど怖いわ)
五月の晴れ渡った空の下、
教会のベルが、
どこか皮肉な音色で一度だけ鳴り響いた。
🎀柊紅葉🎀

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