チーズ会議が始まった【子育てエッセイ】
昨日、ほうれん草のカレーを作ろうと思い立ちました。
せっかくなので、牛乳からカッテージチーズも作ってみることにしました。
牛乳が入った鍋を見守りながら、私は少しだけ満足していました。
手作りかつ、時間をかけた丁寧な暮らし。
そう思っていた矢先…、白い牛乳はとても厄介なことに、沸いてるのか沸いてないのか、実に見にくい…。
悪戦苦闘しながら、酢を混ぜ混ぜ…、
こすときにキッチンペーパーもポッロポロになってきた……。
丁寧な暮らしには心の余裕と、下準備が大切!!
なんて悟りながら、重しをして冷蔵庫に入れて待つこと3時間…
おぉ、コレが手作りカッテージチーズ!!
1リットルの牛乳から出来上がったチーズの量に、なんなだかやるせなくなるものの、初めての手作りチーズ!!と、ご満悦の私。
ところがその日の夕方…。
そういう日の夕方に限って、夫がチーズアソートを買って帰ってきました。
モッツァレラ。
チェダー。
ゴーダ。
ブルー。
カマンベール。
我が家の冷蔵庫が急にチーズ専門店みたいになりました。
そして私は気づいてしまったのです。
あっこれ始まるな、と。
そうです。
チーズの擬人化です。
子どもが乳幼児だった頃、絵本を「読んで〜!」とせがまれ、気づけば子どもより、その世界観にはまってしまいました。
そして、今でもそのとき培った何にでも人格を与えられる魔法を時々無意識に使ってしまいます…。
そう、冷蔵庫の中でチーズたちが勝手にしゃべり始めるのです。
習性です。
仕方ありません…。
まずは、モッツァレラチーズ。
この人はもう完全に騙されやすい。
「えっ、そうなの?」
「ほんと?」
「信じるよっ!」
すぐつられる。
もうつられるチーズです…。
特殊詐欺に一番気をつけてほしいけど、なんだか友達になりたいタイプ。
チェダーチーズは少しひねくれています。
口癖はもちろん、
「ちぇ。」
です。
誰かが褒められると、
「ちぇ。」
誰かが成功すると、
「ちぇ。」
本人も別に悪い人ではないのですが、音だけが残念です。
カッテージチーズは行動力の化け物です。
相談している途中で勝手に始めています。
「決めといたから!」
「やっといたから!」
名前の通り、ずいぶん勝手です。
ブルーチーズは繊細です。
朝からずっと落ち込んでいます。
「どうしたの?」
と聞くと、
「別に……」
と言います。
でも絶対に別にではありません。
周囲は気を遣います。
そしてゴーダチーズ。
この人は会議を終わらせません。
「あーだこーだ」
「あれはどうだ」
「これはどうだ」
話が長い。
結論はまだ出ません。
そんなことを考えながら冷蔵庫を開けていたら、ふと思いました。
大人になると、世の中は説明で満たされます。
効率とか。
正解とか。
コスパとか。
でも子どもは違います。
雲にも顔があるし、石にも名前がある。
スプーンとフォークだってきっと喋る。
だから世界は面白い。
私はたぶん、その癖がまだ抜けていないのでしょう。
思い返せば、子どもが小さい頃の私は、毎日何かを擬人化していました。
にんじんはシャイボーイ。
ブロッコリーはしっかり者のお兄ちゃん。
歯磨き列車は時間通り。
トイレ列車には、終電あり。
自由だった設定が、親の都合で次第に細かくなっていきました…。
野菜を食べてもらうため。
歯磨きをしてもらうため。
子どもと笑うため。
そんなふうに暮らしているうちに、私自身の世界の見方まで変わってしまったのかもしれません。
毎日子どもの隣にいると、こちらまで少しずつ擬人化ワールドに誘われるのです。
だから今でも私は冷蔵庫のチーズを見てしまいます。
夫は冷蔵庫のチーズを見て「おいしそう」と思う。
私は冷蔵庫のチーズを見て「今日は誰が会議を仕切るんだろう」と思う。
大人としてどちらが正しいのかは……。
ただひとつ分かるのは、
もしチーズたちが本当に会議を開いたら、
議長はゴーダで、
ブルーは途中で落ち込み、
モッツァレラは騙され、
カッテージが勝手に決定し、
チェダーは最後に
「ちぇ」
と言う気がします。
そして私は、その様子を想像しながら、手作りカッテージチーズが入ったほうれん草カレーを食べるのです。
はい、
もちろん、
子育てで失ったものも、たくさんあります。
綺麗事だけではありません。
睡眠とか。
自由時間とか。
体力とか。
でも代わりに手に入ったもの、
それが冷蔵庫のチーズで会議を開催できる能力なのです。
一般的にはたぶん、それを能力とは呼びません。
履歴書にも書けません。
書いたら、心配されます。
書類で落ちます。
ただ私は知っています。
冷蔵庫の中にチーズしか入っていない日を、
チーズたちが暮らしている日にできれば、
少しだけ世界は面白いのです。
おしまい
※下書きを読み返していると、カマンベールの存在をすっかり忘れていたことに気づきました。
モッツァレラも、チェダーも、ゴーダも、ブルーも、好き勝手しゃべらせていたのに、カマンベールだけ登場していません。
申し訳ありません。
でも、カマンベールはきっと寛容です。
「カマワン、カマワン」と言って、たぶん今も冷蔵庫の片隅で笑っています…。
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