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スーパーで妄想してみた。〜おいしくなったら、さようなら〜【エッセイ】

スーパーの果物売り場で、桃を眺めていました。
旬ですね。

そしてもう夏。
とにかく暑い。

私の目の前には、二十代くらいの女性が、肩の大きく開いた涼しげな服で桃を選んでいます。

桃をひとつ持ち上げては、やさしく重さを確かめたかと思うと、今度はくるりと回して、香りを確かめる。
そして、「うーん」と小さく首をかしげて、また戻す。

その姿を見ていた私は、思いました。

ああ、この桃も今、面接受けてるみたいな気持ちなんだろうな。

「私を選んでください!」
「まだ熟してませんが、長い目でみれば、後悔させません!」
「その傷は個性です!」

果物売り場なのに、頭の中では採用試験が始まっています。
こういう妄想が始まると、もう止まりません。

習性です。
…仕方ありません。


もしかして果物も、自分が一番おいしいって思われたいんじゃないか。
人間は美しくなりたくって、サプリを飲んだり、パックしたり、美容医療に頼ったり…。

じゃあ、果物だったら?

そう思った途端、スーパーの果物売り場が、私には病院に見えてきました。

その名も…

「フルーツ病院」

そこでは今日も、思春期のメロンが顔面のボコボコを気にし、桃がおしりの形に悩み、バナナ先生が「大丈夫、大丈夫」と笑顔で診察しています。

でも、その病院には、ひとつだけ名医にも治せないことがありました。

それは…





ということで、今日も妄想物語のスタートです。


はじまり、はじまり〜♪

『おいしくなったら、さようなら』

 


青い空の下に、とっても変わった病院があります。


その名も、フルーツ病院。

入口には大きな看板が掲げられています。

「糖度アップ科」

「香り外来」

「熟成リハビリ室」

「渋み外来はこちら→」

朝になると、今日も待合室は満員です。


番号札を持った果物たちが、
「まだかな〜」とソワソワしています。

「12番、メロンくーん!」

白衣を着たバナナ先生が、にっこり笑いました。

「今日はどうしました?」

「先生……ぼく、ボコボコで恥ずかしいんです。」

「うーん。これはニキビじゃなくて、立派な模様なんですよ!」

「でも、僕は嫌なんです。スイカさんみたいにツルツルになりたいんです!」
先生はカルテを書きます。

病名 『自信不足』

「では、クリーム美容治療をしましょう。」

ぬり、ぬり。

つるん!

「わあ!ぼく、前よりイケメン!」

「次の方〜」

「先生ぇ……」

シワシワのカキじいが、ゆっくり入ってきます。

「わし、渋すぎて誰も寄ってこん。」

先生は、にっこり。

「干しリハビリですね。」

ぽかぽか。

ぽかぽか。

「あれ?」

「なんじゃ、甘くなっとる!」

待合室から大きな拍手がおきました。

パチパチパチ!

「次の方〜」

「先生!」

レモンちゃんは涙目です。

「酸っぱいって言われるたび、胸までキューッとなるんです…」

先生は管がついた点滴を取り出しました。

その名も、はちみつ点滴。

とろ〜り。

「どう?」

「えへへ……
ちょっと自分が好きになりました。」

「次の方〜」

やってきたのは、ガチガチのアボカドくんです。

「まだです。」

「まだ?」

「まだ硬いんです」

先生は笑いました。

「君は治療じゃないね。時間が解決してくれるよ」

アボカドくんは
「ぼ、ぼ、ぼく、急いでるんです!
今日中に僕を本物のアボカド男にしてください!」

先生はあとずさりました。

りんごナースが言いました。
「先生、それでは私のエチレン施術を施します。
アボカドさん、こちらへ…」

そのままアボカドくんは別室につれて行かれました。

先生は、本当に名医でした。
りんごナースも素晴らしい連携です。

診てもらった果物は、
みんな笑顔になります。

「先生、ありがとう!」

「もう大丈夫!」

「食べごろです!」

そう言って、みんな病院をあとにします。

でも、病院を出た果物は、
一人も病院へ戻ってきません。

メロンくんは、
メロンソーダになりました。

レモンちゃんは、
紅茶の中でゆらゆら。

カキじいは、
お茶うけになりました。

桃ちゃんは、
スムージーになっていました。

でも先生は知りません。

毎日カルテを見ながら言います。

「みんな元気かなぁ。
幸せに暮らしてるといいなぁ」

ある朝。

先生の体に、

ポツ。

ポツ。

ポツ。

黒い点が現れました。

「ん?」

「シュガースポット?」

先生は鏡を見ます。

待合室が、
急に静かになりました。

リンゴナースが笑みを浮かべ、
受付のブドウたちが一粒ずつ頭を下げます。

「先生!!おめでとうございます。」

「今日が卒業の日です。」

「……え?」

そのとき。

診察室の自動ドアが、

ウィーーーン。

ゆっくり開きました。

大きな人間の手が、
先生へ伸びてきます。

「えっ!?ちょっと待って!
まだ午後の診察が……!」

先生は、その瞬間、全部わかってしまいました。

この病院は、命を長くする病院じゃない。
最高においしくして、送り出す病院だったんだ……。



しばらくして。




診察室には、

白衣と、

一本分の黄色い皮だけが残っていました。

……。


翌朝。

新しい白衣を着た、
若い緑のバナナ先生がやって来ました。

入口の看板を磨きながら、
元気よく言います。

「みんな〜!
今日も、おいしくなっちゃおうね〜!」

その外では、大きな人間が、
果物売り場で笑っています。

ここでは、それが退院の日。

おいしくなったら、さようなら。 


おしまい


………。



ようやくここで、私はスーパーという現実に戻ってきました。


さっきの女性は、一番きれいな桃を選び、満足そうにカゴへ入れ、お肉コーナーに場所を移していました。

私はその桃を見送りながら、少し考えました。

果物にとって「食べごろ」は、ゴールなのかもしれません。

でも、人間は違う気がしています。
最近、ようやくそのことが少し分かってきました。

私は少し傷のある桃をひとつ手に取りました。

親近感たっぷり。
割引の桃です。

今日中にいただきます。


もう、今年の夏は、果物売り場を素通りできなくなった気がします。



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