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大阪マラソンでサブ3.5達成できなかった話

「3時間36分……」

大阪マラソンのフィニッシュラインを越えた瞬間、時計に表示された数字を見つめながら、複雑な思いが胸をよぎった。目標としていたサブ3.5(3時間30分以内)まであと6分。手の届きそうで届かない壁。でも不思議と、悔しさよりも「次こそは」という気持ちが強くなった。

走ることからの逃避、そして再挑戦

子供の頃、私にとって「走る」ことは特別なものではなかった。ただ単に、早く遊びたい一心で毎日約1kmあった小学校からの帰り道を全力で駆け抜けていただけ。それでも、小学校1年生から6年生まで、持久走大会では常に1位だった。下校時に走って帰る以外に特別な努力をした記憶はない。
当時の私にとっては当たり前だったが、大会時の沿道からの声援、そして走り終わった後の高揚感は、何とも言えないものであった。
周りからも「長距離の才能がある」と言われてきたこともあり、走ることが純粋に好きになっていった。

中学生になると、陸上部からの勧誘はあったが、当時はスラムダンク全盛期だったこともあり、バスケットボール部に所属。その一方で、陸上部ではなかったものの、1500mの記録が学年2位の成績だったため、学校対抗の駅伝メンバーに選出された。1年生ながら区間賞を獲得するほどの成績を残したが、内心は複雑だった。

「本当はバスケがしたいのに」

駅伝の練習中はバスケができず、走ることは私にとって苦痛でしかなかった。

2年生になっても駅伝メンバーには選ばれたが、練習には全く身が入らなかった。今度は補欠だった。
それでも本番当日、体調不良の選手が出たため、急遽出場することになってしまった。
案の定、練習不足だった私は区間で大きくタイムを落とし、後続との差をかなり縮められてしまった。
なんとか1位でタスキを繋いだものの、結果、最終走者で逆転を許し、チームは敗北を喫した。

レース後、陸上部の先輩から投げつけられた言葉は今でも忘れない。

「お前のせいで負けた」

その瞬間、心の中でつぶやいた。

「こっちだって走りたくてやってるわけじゃない」

そのレースで駅伝のための招集は終わったが、その後も私は「走る」ことを極端に避けるようになった。走ることが恐怖の対象になった。
子供の時からの才能との決別。それは自分自身の一部を否定するような行為だった。

それからの私は、高校になってもバスケに打ち込み、社会人になってからはロードバイクに乗ったりジムで泳いだりと、「走る」以外の運動は続けていた。

そして、転機は一昨年の大阪マラソン。
友人の応援で沿道に立っていた私は、様々な表情で駆け抜けていくランナーたちの姿に心を奪われた。苦しみながらも前に進む姿に、小学生の頃に感じていた純粋な自己効力感を思い出した。

「私も走ってみたい…」

その衝動は、長年封印していた「走る」という行為への恐れを上回った。
もう一度走ることが好きだった頃に戻りたいと感じた。

初マラソンとなった昨年の大阪マラソンは、とりあえず完走することだけを目標にしていた。
結果は、4時間1分。あと少しのところでサブ4達成ならず。
完走できた嬉しさよりも、サブ4を逃した悔しさの方が大きかった。

そして2回目の岡山マラソン。11月にもかかわらず異常な暑さの中、後半失速してタイムは3時間43分。ゴール直後に脚が攣ってしばらく動けなかった。
4時間は切れたものの、「もっと速く走れたはず」という思いだった。

そして迎えた3回目の挑戦。目標はサブ3.5。
練習計画を立て、走行距離を徐々に増やしていった。
しかし振り返れば、仕事で思うように走れず、月間走行距離が200kmを超えたのはたった1ヵ月だけ。練習不足は明らかだった。

マラソンという名の自己対話

マラソンとは、自分から進んで選ぶ「苦行」だ。42.195kmという途方もない距離を、自分の脚で走り抜く。その過程で訪れる身体的、精神的な「壁」との対話。それは究極の自己対話でもある。

今回も30km地点を過ぎたあたりから、脚が鉛のように重くなった。「このままのペースを維持できるか」「サブ3.5に間に合うのか」「そもそも完走できるか?」という不安が頭をよぎる。いや、不安というよりも恐怖だった。

マラソンの練習をすればするほど、楽に完走できると思っていたが、とんだ勘違いだった。むしろ、タイムが上がれば上がるほど、終盤は辛い。
今回の終盤が一番キツかった。

それでも、沿道からの応援が私を前に進ませた。

「あと少し!」 「頑張れ!」

知らない人たちの声援が、不思議と力になる。マラソンの魅力の一つだ。

フィニッシュライン。
時計は「3時間36分」を指していた。また、目標には届かなかったが、前回より7分更新。確実に成長している自分がいる。

中学生の時、「お前のせいで負けた」と言われた日から、私は長い間「走る」ことから逃げてきた。でも今は「自分の意志」で走り、自分のペースで前に進む喜びを知った。他人との競争ではなく、自分自身との対話。それがマラソンの本質なのかもしれない。

目標タイムには届かなかった。
でも、それは自分に負けたのだろうか。

中学生の時、私は確かに負けた。嫌々日々の練習をこなすだけで、レースにも自分自身にも負けた。
しかし、今は違う。自ら走ることを選んでいる。
私は挑戦し続ける限り、負けではないと勝手に思っている。

かつて避けてきた「走る」という行為は、今や私にとって人生の大切な一部となった。

マラソンから得られる自己効力感は、特別なものだ。
自分の限界に挑み乗り越えていく過程で、人は強くなると思う。

目標に届かずとも、挑戦し続ける限り、決して負けではない。
サブ3.5達成に向けたトレーニングはまだまだ続く。


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