眺書千冊【29】 ミサイルの降る夜と、一本の傘
ウクライナの今を撮影した写真展、
「ХЕРСОН ヘルソン ミサイルの降る夜に」を見た。
フォトジャーナリスト・佐々木康氏は、この作品で第34回林忠彦賞を受賞したという。
戦争の写真展である。
だが、佐々木氏が最初に口にした言葉が忘れられない。
「ウクライナの海は、なんて綺麗なんだろう。
カフェは美しい男女たちで賑わい、その明るさに心を奪われた」
この国では今、戦争が行われている。
普通の日々の上に、ある日、ミサイルが降ってくる。
写真の中に、ひとりのウクライナ人男性の肖像があった。
あっと感じた。
そこに、ソ連を感じたのだ。
「ソ連を感じます」
佐々木氏は頷いた。
この戦争は、「大きなソ連と小さなソ連の戦争」なのかもしれません。
ウクライナの人たちは、上から命じられて戦っているのではない。
自分たちの国を、自分たちの力で守ると、自ら考え、行動している。
もし日本が、どこかの国から攻められたとき、私たちは、自分の考えで動けるのだろうか。
佐々木氏は、彼らと生活を共にし、何でも手伝い、同じ時間の中に身を置いた。
本物の写真への扉は、相手の時間に触れさせてもらうことからしか開かないのだ。
きっと。
その日、広島は大雨になった。
美術館を出た私は、広島駅近くのカフェ、THE CITY BAKERYに入った。
珈琲を飲みながら、写真展の会場で買った図録をめくった。
やがて時間がきて新幹線に乗り、京都方面の自宅へ帰った。
駅を降り、傘をさそうとしたところで、傘がないことに気づいた。
カフェに電話をしてみた。
果たして、そこに忘れていた。
明日レターパックを送るので、申し訳ないが、その中に傘を入れて送り返していただけないだろうか、とお願いした。
応対してくださった方が、快く引き受けてくださった。
たった一本の傘だが、
その一本の傘の向こうに、見知らぬ人の親切があった。
大きな国が、小さな国を踏みにじろうとする世界がある。
一方で、遠くの町のカフェから、一本の傘を送り返してくれる人もいる。
ヘルソン。
ミサイルの降る夜。
守るとは何だろう。
一本の傘ほどのところまで、自分の胸に引き寄せて考えることなのだと思った。
