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cassetteboy
【掌編小説】こぼれる
水族館でいちばん人気のイルカショーより、イワシがみな同じ方向に泳いでいるのを、眺めているのが好きだ。銀色に光る体を少しだけくねらせて泳ぐ姿。それをじっと見ている私に、友だちは「どこが面白いの?」と尋ねる。
面白いとか、面白くないのではなくて、ただ、見ているのが好きだ。
心の奥に溜まった澱が、一緒に流れていくように感じるから。
しばらくすると、「まあ、いっか」と思える場所まで、私は戻っている。
水槽をじっと見ていると、ひとりだけ、みんなと違う動きをしている一匹を見つけた。流れに逆らって、泳ごうとしている。そのイワシに、他のイワシの尻尾がピシッと当たった。「おい、邪魔だぞ」そんな声が聞こえてきそうだ。早く流れに戻らないと、銀色の光からこぼれてしまう。
私は、息を止めてそのイワシを見ていた。
尻尾で叩かれたイワシは、よろよろと少しだけ沈んだ気がした。でも、また流れに沿って泳ぎ出した。もう、どのイワシか見分けがつかなくなった。
私は、あのイワシみたいだ。ときどき、群れが息苦しくなる。
なんで、こんなところで泳いでいるんだろうと思うと、
それまで必死に動かしていた手足を止めて、そっと群れから離れる。
その方が、思い切り息ができる気がしたから。
もし、大きな魚に見つかったら。想像するだけで、胸が苦しく、吐く息が冷たくなった。
苦しくても、群れは私を助けてくれる。だけど、息が詰まる。そんなとき、少しだけ離れる。ゆっくり大きく息をして、また戻る。「おーい、待っておくれよ」群れに呼びかける。早く戻らなきゃ、置いていかれちゃう。
「なぎ!もう、いつまで見てるの?早く行こうよ、イルカショーが始まっちゃう」
友だちの声に、はっと我に返る。
私はまた歩き出そうとして、そっと水槽を振り返った。
キラリと銀色の光が跳ねた。
