【シリーズ】働くママはつらいよ(ホテル裏側編)【第40話】怒鳴られても勝たなくていい。「大人の返し」は反論しないことだった
新人の頃、私はずっと勘違いしていた。
クレーム対応は「論破」か「謝罪芸」だと思っていたのだ。
その日も夕方のフロント。
チェックインが立て込む時間帯に、低い声が飛んできた。
客「この部屋、うるさいんだけど」
私「申し訳ございません、どのような音でしょうか」
客「知らないよ!とにかく落ち着かない!」
内心、焦る。
部屋の不備?設備?隣の客?
頭の中でマニュアルが暴走する。
私「すぐ確認いたします」
客「“確認します”ばっかりだな!」
正直、ちょっとムッとした。
でもその時、隣にいたベテランの先輩が一歩前に出た。
先輩「落ち着かない中、お疲れだったんですね」
客「……仕事で来てるからさ」
先輩「それは大変でしたね。今日はゆっくり休みたいですよね」
その瞬間、客の肩が少し下がった。
私は横で衝撃を受けていた。
原因を聞く前に、共感が入った。
結局、原因は道路工事の低音。
部屋を替えることはできなかったが、
耳栓と静かな側の部屋を翌日用意する提案をした。
客「…まあ、今日はそれでいい」
完全解決ではない。
でも“敵”ではなくなった。
バックヤードで私は聞いた。
私「すごいですね、あの返し」
先輩「勝とうとしないだけだよ」
私「でも理不尽でした」
先輩「理不尽な人ほど、疲れてる」
その言葉、妙に残った。
今なら分かる。
クレームの8割は“不満”じゃなくて“余裕のなさ”。
それから私は返し方を変えた。
・正しさを急がない
・言い分を途中で遮らない
・まず「大変でしたね」を置く
・謝る=負け、と思わない
ある夜、別のお客様に言われた。
客「さっきはきつく言ってごめん」
私「いえ、大丈夫です」
客「ちゃんと聞いてくれたから」
フロントに立つようになって、
私は少しだけ“大人”になった。
怒鳴られても、勝たなくていい。
仕事は試合じゃない。
相手を黙らせるより、落ち着かせられたら勝ちだ。
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