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アウトリーチにおいて欠かせない三要素: 神経科学会ニューロナビゲーター選出のご挨拶

秋の夜長の呂律困難

救急外来(ER)では多くの者の人生がその道筋を変える。患者も、医者も。

脳神経内科医になって最初の秋の晩。採血やレントゲンの指示が飛び交ういつも通りのてんてこまいのERで診察をしていると、救急搬送の知らせが入った。

「50代男性、昼間に発症して徐々に進行する構音障害と右半身不全麻痺」
そう場数を踏んでない私は落ち着いて対応できるよう、この症状を起こしうる疾患の候補を頭の中でリストアップし、治療の段取りを考えていた。

患者が到着し診察すると、脳梗塞を疑った。すぐにMRI室に運び、私はスキャン画面を見つめていた。結果は予想通り、脳梗塞だった。それも分枝粥腫病というタイプの。

このタイプの梗塞は数日かけて徐々に進行し、症状が悪化する。一刻も早い治療が必要だ。

私はMRI室から先回りしてERに戻ると、治療と入院の準備を看護師たちに伝え、チームは素早く動き始めた。間もなく患者がERに戻り、私はMRI結果を見せながら今の病状と入院治療が必要になる事の説明を始めた。そして、ここからの瞬間が私の蒙を啓いた。

舌の回らない患者に代わり、その妻が目に涙をためて説明を遮った。
「先生、主人は再び話せるようになりますか」
その瞬間、私はハッとした。正しく診断できた。適切な治療の準備も整った。でも、この方に何が起きているのかを、わかりやすく、正しく、そして希望を持てるように説明することができるだろうか?

私は深呼吸をして、できる限り穏やかな口調で説明を始めた。
「この脳梗塞は進行性です。舌の周りにくさに加えて麻痺が数日中に悪化する可能性が十分にあります。しかし、これらの運動症状は早期発見、早期リハビリにより改善が期待できます。今できる最善を尽くしていきましょう」
二人の表情が少し和らぐのを見て、私は継続して状況を説明し、いくつかの質問に答えた。入院後、患者の麻痺は進行し箸も持てなくなったが、事前に説明していたためパニックになったり自暴自棄に陥る事なくリハビリを続け、最終的には後遺症なく社会復帰した。

診断と治療に並ぶ3つ目の柱

医学的にはありふれた症例だが、この症例を担当して私は重要な事に気づいた。特別な言葉はいらない。普遍的な言葉もいらない。然るべき内容を、然るべき対象に、前もってオーダーメイドで伝える事こそが重要なのだと。正しい診断と正しい治療に並び、正しい説明もまた、同じかそれ以上に重要になるのだ。そして診断や治療と異なり、説明は検査機器や院内という制約を受けない。

「正しい説明」は私のキャリア選択の原動力だ。専門知識と経験がなければ正しい内容での説明ができない。そのため、専門医となり、医学博士号を取得した。適切なタイミングとは?適切な対象とは?その答えは病院に来た患者に限らない。単に専門領域の中でのみ活動する代わりに、もっと広い外の世界で自分の知識と技能を活かす魅力を知った。

診断、治療、説明の三位一体は医療に限った話ではない。たとえば研究においても、適切にリサーチクエスチョンを立てて、鮮やかな解決ができたところで、その解決を必要としている人に、その人が理解できる形で説明できなければ、困っている人の助けにならない。この三位一体は人間が関与するほぼ全ての分野で成立する。

救急医療の経験は災害医療チームやライフガードとして活かした。神経科学や認知機能の知識は、国際高IQ団体の役員になった時に役立った。現在は本業と並行し、レスキュー関連財団の理事としても活動し、これまでの経験と知識を社会に還元している。自分の持つ専門知識や技能は、自分のホームグラウンドの外で発揮することでこそ役に立ち、そしてその経験によりさらに活動の幅を広げていく。

今回、日本神経科学会のニューロナビゲータを拝命したのも、これらのアウトリーチ活動の延長線上にある。

ニューロナビゲータ2025に任命

神経科学を社会により深く浸透させ、研究活動に対する国民の理解と信頼を高めるために、日本神経科学学会はさまざまな取り組みをおこなっている。その一環として、広く一般の方々に神経科学に関する論文やニュースなどをSNSで紹介するためにニューロナビゲータ制度が創設された。

ニューロナビゲータは若手会員から募り、選考を経て選出される。臨床・病態神経科学分野でのもう一人のニューロナビゲータはなんとnoteでもお馴染みの神崎狛氏(@Komadog2631564)である。これまでも散々コラボしてきたから、今後より一層密に連携して活動する事になる。

アウトリーチ活動においてはこれまで以上に三位一体は重要となる。おもしろそうな神経科学ニュースや論文、知見、Tipsというものは既に適切な問題設定がなされ、それが解決されている(事が多い)。にもかかわらず、その情報を必要とする人、面白いと思う人に届いていないのなら、足りないピースは正しく伝える事だけだ。

なので、最新ニュースだけでなく、面白いけどまだまだ世に広まっていない情報も積極的に発信していくし、逆にみんなが遭遇しがちな謎や疑問を解決するために、どういう研究がそれに答えを出しているのかをマッチさせて行きたいと思っている。

SNSを使ったアウトリーチの利点は従来のマスコミュニケーションと異なり双方向性のコミュニケーションが可能な事にある。だからこれをご一読の皆さんも「これって神経科学的にはどんな現象?」とか「これはどんな脳の働きが原因?」という疑問があればドシドシ質問・コメントしてほしい。宛先はこの記事でもXでのリプライでもいいし、以下のリンクから匿名での送信もできる。

ニューロナビゲータの発言にはハッシュタグ "#日本神経科学学会ニューロナビゲータ" をつける事になっているので、このハッシュタグを利用すれば他のニューロナビゲータや過去の投稿(と言ってもまだできて日が浅い制度なので数は多くない)を確認する事ができる。

何かお力になれそうな事があればconnectomancer@gmail.comまでお気軽にどうぞ。

略歴

京都大学医学部卒業。脳神経内科医として認知症診療に携わり、2020年京都大学大学院博士課程入学、2024年博士(医学)を取得。
現在、認知症疾患医療センターで脳神経内科部長として勤務する傍ら、山岳救助者やライフセーバーをなど含む職業上対応義務者のための財団理事や非常勤のライフガードとして活動。2024年秋からポスドクとして渡米予定。

資格
医師、脳神経内科専門医、地域DMAT
潜水士、ベーシックライフセーバー、産業医

スキル
パブリックスピーキング
データサイエンス(データビジュアライズ含む)
臨床神経学
災害医療・フィールド上での救護
水上安全管理

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荒神ヤヤ🇺🇸脳科学者 よろしければサポートをお願いします。主として生活の再建と研究の継続のためにありがたく使用させていただきます。また記事にて報告とお礼いたします。