分かり合えそうにない人々の中で生きていくために
たいそうなタイトルを着けてしまった。他に思いつかなかったので・・・と言い訳をしておく。
1
普通に夏風邪が流行っているだけの現象を第9波と名付けて一生懸命煽っている人々、煽られている人々を見てると、もはや苦笑いを浮かべるしかない無力感に襲われてしまう。
彼らはコロナ感染が増えている、と騒いでいる。当たり前だ、ここ数年毎年夏に増えているではないか。「かつて新型といわれていたコロナウイルス」も晴れて日本の土着ウイルスの一員になったのだから、今年も増えて当然だろう。
私としては、
「もしかしたら2019年以前の「夏の3大感染症」以外の「名もなき夏風邪」の多くが「旧新型以外の昔ながらの土着コロナ」のよるものだったのかもしれないねぇ、コロナって冬の感冒ウイルスだと思ってたけど、夏の感冒ウイルスでもあったんだねぇ・・・」
以外の感想はない。
2
まあ、3年間に植え付けられ認知の歪みはそう簡単には抜けないのだろうな、と考えるしかない。何でもそうだが、一度認知が徹底的に歪むと是正は難しい。
だが、これだけ空気が変わったのに、未だ容易く煽られて同調する人たちは、さすがにもう何を言っても無駄だろうな。憐れみつつ、見捨てるしかないだろう。人生いろいろ、だ。
とはいえ、世間の流れを見ていると、認知の歪みを克服した人の方が多いようだ。でもあの頃に彼らの多くが見せた、臆病な、思考停止した、他者に対する想像力を著しく欠いた姿を見てしまった以上、以前のように信用はできないし、信用してはならないと思ってしまう。彼らは、非常時には全く頼りにならない人々と考えておいた方がいい。せいぜい平常時に表面的に付き合うに留めておいたほうが身のためだろう。
まあ、もともと人付き合いが嫌いなので、今まで通りかもしれないけれど。正直、自分の外来を訪れてくれる患者とその家族、そして自分の子供たちと会話している方が、面白いし発見がある。そして、それでお腹いっぱいだ。
あとは本を読めば十分だ。
そして、未だに煽っている奴らは、別の件でも非常識をふりまいている可能性が高い。彼らが発する言葉の全て、存在そのものを警戒した方がいい。
彼らが私にとって存在価値があるとすれば、何故そのような発想になるのか、という分析対象としてのみだ。
恐らく我々全員が陥りかねない反面教師とすべき思考の落とし穴が彼らの中にあるはずだ。
もちろん、性格的に参考にならない人もいる。その場合は、こういう人間が近くにいたらどう対応すれば自分に害が及ばないのか、シュミレーションとして利用するのもいいかもしれない。
3
その上で、以下の心構えを忘れないようにしたい。
その専門界隈において合意に至った解が、必ずしも全体における最適解ではない。そもそも全ての人間に共通する最適解など存在しうるのか。それが存在するかのように考えてしまうことが、そもそも間違いの始まりだ。それは錯覚に過ぎない。
最適解もない、絶対的な真理も無い。それらは、この世の中には無い。それでも我々は選択し、判断し続けねばならない。無いはずの真理を追い求めることを怠れば、いつか判断を誤る。
だから我々は考え続けるしかない。考えるためには、過去そして同時代を生きる賢人の判断を拝借し、その判断に至るまでの過程を真似ながら、自分なりの「判断の型」を身につけるしかない。
それでも対処できない問題を眼前にしたときも、必死に足掻くしかない。他人に任せることはできない、任せてはいけない。可能な限り状況を相対化し、相対化より立ち現れた複数の選択肢から自分の判断を選択するしかない。
安易に冷笑や嘲笑を浴びせてくる人間、己の満足のために意味もなくマウントを取ってくる人間たちの声に惑わされることなく、立ち向かっていくしかないのだ。
