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シン・農協論 ~農家による全国組織の直接統治構想~

はじめに 再編は、すでに始まっている

農林中央金庫が、2025年3月期に1兆8,078億円の連結純損失を計上した。その処理と経営再建を支えるため、会員組織の協力による大規模な資本増強も実施された。
一方、総合農協は長年の合併によって減少を続け、2026年4月1日時点で506組合となった。2025年農林業センサスの確定値では、個人経営体の基幹的農業従事者は103万6千人で、5年前から32万7千人、24.0%減少している。平均年齢は67.7歳である。[1][2]

なお、2025年11月に公表された概数値では、基幹的農業従事者は102万1千人とされていた。その後、2026年3月31日の確定値で103万6千人へ改定された。報道や解説で両方の数字が使われているのは、この改定によるものである。農協改革を行うか、現在の組織を維持するかを、自由に選べる段階ではない。農家が減り、職員が減り、店舗、施設、システムの再編はすでに始まっている。問うべきなのは、再編するかどうかではない。その再編を誰の意思で進めるのか。損失を誰が負い、利益を誰へ返すのか。農家が共同で築いた資産を、誰の手に残すのか。
本稿でいう「シン・農協論」の「シン」は、新しい看板や法人形態を意味しない。

農協改革の問いを、「現在の農協を守るか、市場へ売るか」という対立から、「誰が統治し、誰がリスクを負い、誰が成果を受け取るか」という問いへ立て直すという意味である。結論は四つである。
全国組織を監督する権限は、農家へ戻す。全国集約による便益が確認された契約とリスク管理は、全国組織が担う。農家との接点と事業執行は、地域に残す。再編によって生じた利益は、農家へ返す。
ただし、全国組織へリスクを集めても、農家が損失から解放されるわけではない。直接統治とは、損失を負わない権利ではない。
どのリスクを引き受けるかを決め、専門家を監督し、過大なリスクを止め、失敗した経営者を交代させる権利である。

第1章 農林中金の巨額損失は、何が機能せず起こったのか

農林中金は2024年度、欧米国債や投資適格社債などを中心とする低利回り資産を、簿価ベースで約17.3兆円売却した。損失を確定させた直接の処理は、この大規模な資産売却である。[3][4]
その背景には、固定金利債券を中心とする金利リスク資産への偏りと、海外金利上昇による外貨調達費用の増加があった。農林中金自身も、ポートフォリオが金利リスク資産へ偏り過ぎていたと認めている。
農林水産省の有識者検証会は、相場見通しの誤りだけでなく、組織運営上の問題を指摘した。

投資判断とリスク管理の役割や責任が十分に整理されず、損失が拡大した際に、どの段階で資産を売却し、リスク量を削減するかという判断基準も明確ではなかった。2024年7月時点では、理事7人のうち市場運用経験者は2人であり、理事全員が農林中金職員を経て就任していたことも、専門性と外部視点の観点から検証対象となった。[5]
問題は、単に外国債券を買ったことではない。どの程度の集中リスクを認めるのか。調達費用が上昇し、含み損が拡大したとき、誰が方針転換を求めるのか。投資を推進する側を、誰が牽制するのか。経営陣に必要な専門性を、誰が評価するのか。これらを決め、検証する仕組みが十分に機能していたかが問われたのである。
農林中金は、会員組織の協力を得て資本増強も実施した。
2024年9月には、既存の永久劣後ローン7,169億円を償還したうえで、後配出資7,360億円を受け入れた。その後、後配出資411億円を追加し、2024年11月と2025年3月を合わせて、期限付劣後ローン6,428億円を調達した。[6][7]
新たに受け入れた後配出資と期限付劣後ローンの額面合計は1兆4,199億円となる。
ただし、既存の永久劣後ローンの償還を伴うため、これを資本の純増額や、損失の直接的な穴埋め額と同一視することはできない。

また、「農家が1兆4,199億円を直接負担した」と書くことも正確ではない。農林中金はJAだけでなく、森林組合、漁業協同組合なども会員とする全国金融機関である。公表資料からは、農業、林業、水産業の各系統や個別会員が、最終的にいくらを負担したかまでは確認できない。
それでも、巨額損失の処理が、会員組織の資本協力と切り離せなかったことは確かである。
ここで農家に求めるのは、債券の銘柄選定や為替ヘッジを自ら行うことではない。専門的な実務は、専門家が担うべきである。
農家側が決めるべきなのは、許容する損失の範囲、特定の資産や地域への集中上限、経営者の選任、資本支援の条件である。専門家へ実務を任せることと、専門家へ白紙委任することは違う。

第2章 2015年改革と2026年改正にも、統治問題は残った

実は農協改革自体は、これまで何も行われてこなかったわけではない。2015年の農協法改正は、農業所得の増大への配慮、組合員への事業利用強制の禁止、中央会制度の廃止、JA全中の一般社団法人化、公認会計士監査への移行、全農・経済連が株式会社等へ組織変更できる制度などを導入した。[8]
重要な改革だった。だが、改革の中心は、中央会の権限、監査制度、法人形態、事業利用のあり方である。
農家が全国組織の代表者を直接選び、監督する経路には手を付けていない。
2026年の農林中央金庫法改正では、農林中金の目的に農林水産業者への金融円滑化が加えられ、構成員向けの融資等が必須業務となった。外部の専門人材を理事へ登用しやすくするため、外部理事の兼職・兼業規制も見直された。改正法は2026年4月24日に成立し、5月7日に公布された。[9]
外部理事の登用は必要である。

しかし、外部理事は、経営陣に不足していた能力や視点を補う制度であって、経営者が誰の利益に責任を負うかを変更する制度ではない。
金融や市場運用に詳しい経営者であっても、農林水産業者の所得や事業継続より、金融機関としての収益、資産規模、組織の存続を優先する可能性はある。能力の不足を解消しても、損失の影響を受ける側が経営者を選び、方針を止め、必要なら交代させる経路がなければ、統治の問題は残る。2015年改革は、事業方式を変えた。2026年改正は、農林中金の目的と専門性を補った。その後にも残るのが、専門家を誰が選び、誰に責任を負わせるかという問題である。

第3章 組織目的が、農家・利用者の利益と逆転した事例

農協系統の統治問題は農林中金の資産運用だけに現れたものではない。農協が農家や利用者のための組織から、組織目標の達成を優先する主体へ変わったとき、その影響は契約や取引条件として現れる。農林水産省は2023年、JA共済に関する監督上の対応を改めた。
背景には、職員に課された推進目標を達成するため、職員やその親族が、経済状況に照らして過大または不要な共済契約を締結する問題があった。農水省は、こうした契約を「不必要な共済契約」と位置付け、行政庁への報告や、組織的要因がある場合の監督上の対応を定めた。[10]

本来は組合員や利用者を保障する共済が、組織の推進実績を満たすための契約へ変わる。誰のための事業かが逆転している。問題は、一部職員の倫理だけではない。推進目標、評価制度、管理者の姿勢、内部通報を含む組織設計が、不必要な契約を生み得たことである。経済事業でも、農家の選択を拘束した事例がある。
旧土佐あき農協の事案では、農協以外へナスを出荷した組合員に、系統外出荷手数料や反当徴収金などを課し、農協以外への出荷を制限する条件を付けて取引していたとして、公正取引委員会が2017年に排除措置命令を出した。
農協側は命令の取消しを求めたが、東京地裁は請求を棄却し、東京高裁も控訴を棄却した。2020年10月には最高裁でも農協側の請求が退けられ、排除措置命令が確定した。[11][12]
大分県農協の事案では、農協以外への個人出荷を理由に生産部会から除名された組合員に対し、従来の銘柄による販売や集出荷施設の利用を認めず、不利な条件で取り扱ったとして、公正取引委員会が2018年に排除措置命令を出した。[13]

これらの事例から、全国のJAが一様に農家を拘束していると一般化することはできない。しかし、共同事業を維持するための規則が、農家の選択肢を奪い、組織の取扱高を守る手段へ変わり得ることは分かる。共同購入や共同販売は、農家の交渉力を高めるために必要である。
だが、共同事業への参加が、他の販売先や調達先を選べない拘束へ変われば、協同組合は農家を強くする組織ではなく、農家を囲い込む組織になる。

第4章 農家の意思を変える、多段階の代理と政治的仲介

まず、農家は、地域JAの正組合員として議決権を持つ。
しかし、全国組織については、地域JA、県域組織、全国組織の代表者を経由する。
全農の総代会は、2025年4月時点で、47都道府県のJA・連合会等から選ばれる定数224人の総代によって構成されている。全農自身も、この仕組みにより、全国の一人ひとりの組合員の意思が間接的に反映されると説明している。[14]農家の意見は、まず地域JAの経営判断へまとめられる。
そこでは、農家の販売条件だけでなく、JAの収支、雇用、店舗、施設、信用・共済事業、地域サービスの維持が考慮される。
県域では、複数JA、県域施設、信連、経済連、都道府県本部の利害が加わる。全国では、地域間、品目間、事業間の調整が加わる。
この構造を、本稿では多段階の代理構造と呼ぶ。

問題は、各代表者が農家を裏切っていることではない。各代表者が、それぞれ所属する組織の経営責任を負っていることである。農家の意思が消えるのではない。上位へ届くたびに、何度も組織の意思へ翻訳される。この階層は、事業運営だけでなく、政治的仲介の経路でもある。
JA全中は、2025年の参議院議員通常選挙後に公表した談話で、組織内候補や全国農政連推薦候補に言及し、組合員・JAの声を政策へ反映させる方針を示している。[15]
農協による政策提言や政治参加そのものを否定する必要はない。
多数の農家が共同で要望を出し、行政や政治へ働き掛けることは、協同組織の正当な活動である。
しかし、農家の声を集約する権限、政策課題を選ぶ権限、候補者を推薦する権限は、単なる事務ではない。
誰が農家を代表するかという政治的権力である。
全国組織を農家が直接統治する制度へ変えれば、現在の地域・県域組織が持つ政治的仲介の一部も縮小する。改革への抵抗は、役職、施設、職員、予算を失うことへの抵抗だけではない。農家を代表する権限を失うことへの抵抗でもある。だから、改革への抵抗を単純な悪意や既得権益と片付けてはならない。必要なのは、政策提言機能を壊すことではない。
代表行動を農家が確認し、修正し、必要なら撤回できるようにすることである。

第5章 全国組織への集約か自由市場化の2択ではない

いま、農協改革をめぐる議論には二つの型がある。一方には、共同販売と共同購入を、農家が巨大な買い手や資材業者へ対抗するための力と捉え、株式会社化や自由市場化に慎重な立場がある。鈴木宣弘氏は、その代表的な論者である。
他方には、農協の政治力、独占禁止法の適用除外、事業上の拘束を問題視し、組織分離や市場規律の導入を重視する立場がある。山下一仁氏は、その代表的な論者である。[16][17]
本稿は、両者の中間案ではない。全国集約を守るか、市場化するかを先に決めること自体を退ける。全国集約には、規模の利益、交渉力、リスク分散、専門人材の確保という便益があり得る。
同時に、農家の選択肢の制限、管理費の増加、取扱高維持の自己目的化、競争の低下という不利益も生じ得る。

したがって、金融、共済、販売、調達、物流、在庫、システム、監査を、機能ごとに判定する。農家の販売条件を改善したか。生産資材の農家渡し価格を下げたか。決済期間を短くしたか。リスクを低減したか。民間事業者や直接取引より有利だったか。農家が別の経路を選択できるか。全国組織の費用と受け取る対価が対応しているか。全国集約によって生じた利益が、農家へ還元されたか。便益が確認できる機能だけを全国へ残す。その判定を、全国組織自身の自己評価へ委ねてはならない。農家が選んだ監督機関と、対象事業から独立した第三者が共同で検証する。
算定方法、使用データ、比較対象、少数意見、検証者の利益相反を公開する。全国組織への集約そのものは、守るべき価値ではない。農家へ便益を生む限りで選ばれる事業方式である。

第6章 三つの全国組織の違いと、海外事例が示すもの

ここまで見てきたように、農林中金、全共連、全農は、いずれも全国組織だが、同じ方法では再設計できない。全農は、農産物の販売、生産資材の購買、物流、在庫、決済などを担う経済事業の協同組織である。全共連は、共済契約の引受け、仕組開発、審査、査定、資産運用を担う。農林中金は、預金を受け入れ、自己資本規制、リスク規制、預金者保護、金融監督の下で運営される全国金融機関である。全農では、農家の販売・購買条件と協同資産の所有が中心課題になる。全共連では、契約者保護、共済金支払い、責任準備金、資産運用が中心課題になる。農林中金では、会員統治に加えて、預金者保護、金融システムの安定、監督行政との整合を満たさなければならない。
三組織を、同じ直接会員制へ押し込むことはできない。

オランダのラボバンクは、単一の協同組合銀行として金融上の責任を集約しながら、78の地域単位を通じた会員代表制を維持している。地域の会員は地域会員評議会を選び、地域会員評議会は地域監督機関を選ぶ。各地域監督機関から一人が、最高会員機関である総会員評議会へ参加する。総会員評議会は監督委員会の選任などに関与し、経営執行機関は監督委員会と総会員評議会へ責任を負う。[18]
ラボバンクが示すのは、金融規制への対応と会員統治が、制度上は両立できるということである。農林中金に必要なのは、金融機関としての責任を地域へ分散することではない。金融責任は全国へ集約したまま、誰が経営者を選び、誰へ説明し、誰が交代させられるかを、農林水産業者へ接続することである。ニュージーランドの乳業協同組合フォンテラには、取締役会とは別に、農家株主を代表する協同組合評議会がある。ニュージーランド国内の25選挙区から一人ずつ評議員が選ばれ、評議会は農家の意見を経営側へ伝え、協同組合の業績を確認する。[19]
2023年の資本返還に関する特別総会では、株式で裏付けられた乳固形分の供給量1,000キログラムにつき一票として投票権が算定された。これはすべての議案に共通する方式ではなく、当該特別総会の議決方式である。[20]
海外事例は、会員統治が企業の健全性を保証することを証明しない。
会員が代表者を選ぶ組織でも、判断の失敗、不正、経営危機は起こり得る。ラボバンクやフォンテラが示すのは、会員統治の優位性ではない。巨大で専門的な組織でも、会員代表機関と専門経営を制度として分けることが可能だと示している。
だからこそ、会員統治だけでなく、独立したリスク評価、利益相反管理、監督機関への監査が必要になる。

第7章 統治は農家へ、リスク管理は全国組織へ、業務執行は地域へ分散させる

さて、私が提案したいのは全国へ残すと判断した機能について、三つの役割を分けることである。統治は農家へ戻す。契約とリスク管理は全国組織が担う。農家との接点と事業執行は地域に残す。農家が決めるのは、日々の取引ではない。全国組織の監督者、経営方針、リスク上限、巨額投資、利益配分、資本支援、協同資産の処分をおこなう。

全国組織が実質的に商品、価格、審査、システム、資金、在庫、決済を管理する機能については、契約責任と損失責任も全国側へ集める。形式上は地域JAが契約主体でありながら、条件とシステムを全国が決め、問題が起きたときだけ地域へ責任を戻す構造は減らす。ただし、全農の購買、販売、物流、在庫をすべて全国へ固定するのではない。品目、地域、機能ごとに、全国共同、地域共同、民間委託、直接取引を比較する。地域組織には、農家との相談、契約取次ぎ、集荷、検査、保管、配送、資材供給、施設運営、営農指導、経営支援、災害対応を残す。
地域JAから裁量を奪うのではない。裁量の対象を変えるのである。金融商品の設計、資産運用、自己資本管理、共済数理など、全国で一体的に管理すべきリスクは全国組織へ集める。
一方、地域でどの施設を維持するか、どの品目を重点的に支援するか、営農指導と生活サービスをどう組み合わせるか、災害時にどの拠点を残すかは、地域が決める。
地域JAは、全国組織のフランチャイズ店舗になるのではない。
地域の農家と利用者に必要なサービスを選び、組み立て、実行する主体へ役割を移す。

再編単位も、現在の市町村や都道府県へ固定する必要はない。品目、物流圏、農家数、施設配置、移動時間、災害対応、サービス到達時間から決める。
JA共済では、JAとJA共済連が共同で共済契約を引き受け、JA共済連が仕組開発、審査、査定、資産運用を担い、地域JAが利用者との接点を担う分業がすでに存在する。[21]
すべてを一から作る必要はない。既存の事業分業へ、農家・利用者による監督経路を加えればよい。

第8章 代理経路を短くし、一人一票と利用実態を分ける

しかしながら、全国規模では、代表制は避けられない。本稿は、代理人をなくす構想ではない。現在の問題は、農家と全国組織の間に、地域JA、県域組織、全国組織の代表が順に入り、それぞれが所属組織へ責任を負っていることである。改革後は、農家が全国組織の監督者を直接選ぶ。地域組織の役員と全国監督者は、当然には兼任させない。地域組織の役員は執行者である。全国監督者は、その執行を農家側から確認する者である。
統治経路は、農家から全国監督機関へ。執行経路は、全国事業主体から地域執行組織を通じて農家へ。情報経路は、地域と全国の双方から農家へ。責任経路は、経営者から監督機関を通じて農家へ。
多段構造自体が悪なのではない。代理人が、誰の委任を受け、誰に報告し、誰が解任できるかが曖昧なことが問題である。代表者選任、定款変更、合併、解散、外部資本導入、協同資産の処分は、一人一票を基本とする。

一方、特定品目の施設投資、手数料、利用高配当、物流網などは、利用規模によって影響が異なる。そこで、重要な事業事項については二つの承認を求める。農家全体を代表する一人一票の承認。対象事業の主要利用者を代表する承認。利用高や生産額を、組織全体の支配権へ直結させてはならない。大規模農家だけが全国組織を支配すれば、協同組合ではなくなる。同時に、利用負担の大きい農家の意思を、人数だけで無視してもならない。
一人一票を土台とし、利用実態は事業単位の追加承認へ反映する。

第9章 専門家支配と借り手支配を、同時に防ぐ

しかしながら、農家は、金融、共済数理、物流、IT、国際取引の専門家ではない。リスク上限を決めるにも専門知識が必要であり、結局は別の専門家へ依存する。この反論は正しい。専門家への依存はなくならない。だから、直接統治を「農家が専門判断を行う制度」として設計してはならない。農家が決めるのは、目的、許容損失、集中限度、資本負担の上限、利益配分、経営者の選任である。専門家は、その制約の中で手段を設計し、執行する。
ただし、一つの専門家集団へ判断を独占させてはならない。
経営側の評価とは別に、独立したリスク評価を置く。重大案件では、賛成意見だけでなく、反対意見と少数意見を公開する。損失シナリオ、資本への影響、農家への最終負担を、同じ様式で示す。事後には予測と実績を比較し、誰の判断がどこで外れたかを記録する。農家が専門家より金融に詳しくなる必要はない。専門家同士の見解、前提、結果を比較できるようにすればよい。

ただし、損失を負う側が統治すれば、常に健全になるわけでもない。農家やJAは、農林中金の出資者であると同時に、借り手や金融サービスの利用者でもある。借り手としては、低い金利、緩い審査、多額の融資を求める誘因がある。金融機関の健全性を守るには、信用リスクに応じた審査、金利、自己資本、貸倒れへの備えが必要になる。短期的な借り手利益と、金融機関の長期的な健全性は一致しないことがある。
米国のファーム・クレジット・システムでは、理事会の多数を利用者である株主が選ぶ一方、各銀行・協会には、少なくとも一人の外部取締役を置くことが求められている。利用者による統治と、利害から独立した監督を組み合わせた制度である。[22]
損失を負う側へ統治権を戻すことと、その側の短期的利益からリスク管理を独立させることは、同時に行わなければならない。

第10章 准組合員には、農家とは別の権利を保障する

なお、令和6事業年度の総合JAでは、正組合員は376万6千人、准組合員は638万2千人である。准組合員は正組合員の約169%に達する。准組合員には議決権がなく、農協の事業運営は、正組合員である農業者の意思決定を基礎としている。[23]
ただし、准組合員の利用構造は、事業によって異なる。農林水産省が2021年に公表した調査では、貯金額は正組合員41%、准組合員35%、組合員以外24%だった。貸出金額は正組合員33%、准組合員51%だった。
一方、共済掛金は正組合員61%、准組合員29%、購買事業の供給高は正組合員73%、准組合員14%だった。[24]
准組合員を、すべての事業を支える単一の集団として扱うことはできない。同時に、単なる外部顧客として無視することもできない。農業政策、農産物販売、生産資材、営農指導、協同資産の処分を決める統治権は、農業者である正組合員を基礎とする。准組合員には、預金者、借り手、共済契約者、地域サービス利用者として、別の権利を保障する。利用者評議会への参加。金利、手数料、共済条件の説明。サービス変更への意見提出。店舗やサービス縮小時の事前協議。苦情と異議申立て。事業別・利用者別収支の開示。さらに、准組合員であり続ける具体的な便益も示さなければならない。地域店舗や相談拠点へのアクセス。災害時における預金払戻し、融資、共済対応。地域の利用者が、店舗配置や生活サービスの内容を利用者評議会を通じて形成できること。利用実績や地域事業への貢献に応じた還元。
一般の銀行や保険会社と同じ商品を提供するだけで、准組合員の継続利用を当然視することはできない。地域の協同組織を利用することによって、どのような追加的な便益が得られるのかを、条件と数字で示す必要がある。農家の統治権と准組合員の利用者権を、同じ議決権へ無理に押し込んではならない。別の制度として、双方を明示的に保障する。

第11章 農家の無関心と、代表者・専門家の劣化・腐敗を前提に制度設計する

ただし、直接選挙を導入しても、農家が投票しなければ、民主的統治は形式だけになる。忙しい農家が、全国組織の多数の議案を読み続けることは現実的ではない。参加率が低ければ、少数の活動的な団体や候補者が制度を握り、現在より閉じた統治になる危険もある。すべての案件を農家投票へかけるべきではない。通常の経営判断は、選ばれた監督者と専門家へ委ねる。農家による直接投票は、代表者選任、定款変更、外部資本導入、巨額の資本支援、協同資産の処分など、限定した重要事項に絞る。投票資料は、組織や議案ごとに異なる説明様式を使わず、最低限、次の五項目へ統一する。何を決めるのか。実施しない場合と何が違うのか。最大損失と必要費用はいくらか。農家一人または一経営体へ、どのような影響があるか。賛成・反対双方の理由と利益相反は何か。農家に専門資料を読ませるのではなく、判断に必要な情報を比較可能な形へそろえる。電子投票と郵送投票を併用する。候補者推薦を現職組織だけに独占させず、一定数の農家による推薦を認める。重要な技術案件については、無作為抽出した農家による審議会へ、賛否双方の専門家が説明する方法も考えられる。

直接統治は、農家が毎日経営に参加する制度ではない。無関心でいる自由を残しながら、必要な場面では経営を止められる制度である。
農家が直接選んだ代表者も、固定化し、新たな既得権者になる。外部専門家も、経営側との関係を深め、監督より追認を優先する可能性がある。制度を、人物の善良さへ依存させてはならない。総代・監督者には、任期制限と再任制限を設ける。地域執行組織の役員、政治団体役員、主要取引先役員との兼職を制限する。投票方針、投票結果、理由、報酬、出席状況を公開する。一定数の農家による議案提出権と解任請求権を認める。利益相反がある議案では、議決へ参加させない。専門家についても、選任理由、評価基準、報酬、過去の予測と実績を公開する。監督機関自身も第三者監査の対象とする。代表者も専門家も、農家の上位者ではない。
限定された権限を預かる受託者である。

第12章 改革で得た利益を農家に返し、地域機能と協同資産を守る

ただし、改革の成果は、組織数、職員数、施設数をどれだけ減らしたかでは測れない。農家所得が増えたか。農家の手取り価格が改善したか。資材価格と手数料が下がったか。決済が早くなったか。物流費と管理費が減ったか。別の取引経路を選べるようになったか。これらで評価する。
組織再編によって削減した管理費は、利用高配当、販売手数料の引下げ、生産資材価格の引下げ、販売条件の改善、決済期間の短縮として農家へ返す。全国組織が利益を内部留保する場合には、留保目的、必要額、使用期限、将来の農家還元方法を明示する。「財務健全化」や「将来投資」という広い名目だけで、利益を組織へ滞留させてはならない。一方、信用・共済事業の利益を、営農指導や経済事業へ移すこと自体を否定する必要はない。営農指導、担い手育成、農地維持、条件不利地域へのサービス、災害対応は、個別取引だけでは採算が取りにくくても、地域農業に必要な場合がある。

問題は、内部補助が存在することではない。誰がいくら負担し、何を維持し、いつまでその負担を続けるのかが分からないことである。したがって、事業間の内部補助を直ちに禁止し、各事業へ一律に独立採算を求めてはならない。信用・共済事業の再編と同時に内部補助を打ち切れば、代替財源が整う前に、営農指導や地域拠点が消える可能性がある。原則として三年から五年程度の移行期間を設ける。移行期間中は、内部補助の移転元、移転額、正・准組合員の利用割合、維持する機能、成果指標を毎年公表する。そのうえで、正組合員会費、利用高に応じた負担金、全国組織からの委託料、国・自治体からの公共サービス委託料、有料の経営支援などへ、財源を段階的に置き換える。財務破綻や安全上の問題など、緊急性がある場合を除き、代替財源と代替サービスを示さないまま、移行期間中に地域拠点や営農機能を廃止しない。透明化は、必要な機能を即座に切るために行うのではない。維持する機能と負担者を合意し、隠れた補助から明示された財源へ移すために行う。
営農指導の財源も分ける。農家の共同利益に属する部分は、正組合員会費や利用高に対応した負担金で支える。全国事業の執行に必要な部分は、全国組織からの委託料で支える。災害対応、環境保全など公共性の高い部分は、国や自治体との委託契約として支える。個別農家の高度な経営支援は、有料サービスとすることもできる。無料に見せるのではない。必要な機能を、誰が、何の目的で支えるかを決める。この構想は、農協を外部資本へ売る改革でもない。競争を導入することと、所有権を移転することは別である。物流、システム、施設管理、専門業務は、外部企業へ委託できる。地域執行会社を株式会社として運営することもあり得る。
しかし、全国組織や地域会社の議決権、重要資産、残余財産の帰属は、農業者等の事業利用者側へ固定する。外部への株式売却、担保提供、第三者割当増資、重要資産の処分には、農家代表による特別承認を必要とする。外部企業の能力は使う。協同資産の支配権は渡さない。所有は協同側へ残し、業務は競争へ開くことができる。

第13章 国による一括立法を待たず、現在の再編の向きを変える

すなわち、この構想の中心部分には、法改正が必要である。農家への全国代表選挙権。農林中金、全共連、全農の会員・総代制度の変更。契約主体、資産、負債の移管。正組合員と准組合員の権利体系。これらは、定款だけで変更できるとは限らない。農林中金については、農林中央金庫法、金融監督、自己資本規制、預金者保護との整合が必要になる。全共連については、共済契約、責任準備金、支払能力、監督制度との整合が必要になる。
全農については、農協法上の会員資格、総代制度、資産帰属との整合が必要になる。しかし、一括立法が完成するまで、何もできないわけではない。第一段階では、現行制度で責任の向きを変える。
全国組織の総代・役員選任過程を公開する。総代の投票行動、兼職、利益相反を開示する。農家による候補者推薦と諮問投票を導入する。全国集約の便益を機能ごとに検証する。事業別原価、内部補助、農家還元額を公表する。准組合員の利用者評議会を設ける。地域を限定して、信用事業の代理店化、管理機能の共同化、地域執行会社化を試す。試行には、農家所得、利用者負担、サービス到達時間、職員負荷、事故件数などの確認指標を置く。結果と失敗を公開する。
第二段階では、定款と会員制度を変える。農家代表枠、品目別代表枠、解任請求、議案提出、重要投資への特別承認を導入する。正式な議決権付与に法改正が必要な場合でも、農家による予備選挙や諮問投票の結果を、役員推薦へ拘束的に反映する方法は検討できる。
第三段階で、試行結果を踏まえて法律を変える。全国組織への直接選挙権、直接会員化、議決権信託、契約主体の変更、資産・負債の移管など、現行制度では実行できない部分を対象とする。この構想は、全国的な一括立法が完成する日を待つものではない。現行制度で始められる部分から、代表者の責任先と、経営判断を確認する経路を変える。

その積み重ねを、必要な法改正へ接続する。改革するかどうかを選べる段階ではない。すでに始まっている再編を、現在の組織の自己保存として進めるのか。農家と利用者の統治下へ置くのか。それが問われている。

おわりに 農協を守るとは、現在の農協をそのまま残すことではない

最後になるが、農協を守るとは、現在の組織階層、役職、施設を無条件に残すことではない。農家が共同で販売し、共同で調達し、一人では負えないリスクを分かち、事業成果を受け取る仕組みを守ることである。全国集約に便益がある機能は残す。便益がない機能は、縮小、地域化、競争導入を行う。残した全国機能は、農家が直接選んだ代表者が監督する。専門家は実務を担う。農家は目的、リスク上限、資本負担、利益配分を決める。代表制はなくさない。代理経路を短くし、代表者の責任先を所属組織から農家へ変える。地域JAの裁量を消すのではない。全国で管理すべきリスクと、地域で選ぶべきサービスを分ける。准組合員には、農業者と同じ統治権ではなく、利用者としての説明、意見提出、異議申立て、契約者保護を保障する。

改革で得られた利益は農家へ返す。必要な地域機能は、移行期間を設け、財源と成果を明示して残す。農家が築いた協同資産は、外部資本へ渡さない。直接統治は、損失を負わない権利ではない。専門家を疑わなくてよい権利でもない。自らに帰着するリスクを、自らが選んだ代表者を通じて決める。専門家の判断を比較する。失敗を検証する。責任者を交代させる。その権利である。農協を市場へ売るのではない。現在の組織を無条件に守るのでもない。すでに始まっている再編を、農家の意思と責任の下へ置く。農協を、農家へ返す。
それが、シン・農協論である。

参考文献

[1] 農林水産省『2025年農林業センサス結果の概要(確定値)』2026年3月31日。
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noucen/pdf/census_25k.pdf

[2] 農林水産省『農業協同組合等現在数統計の概要(令和7年度)』2026年。
https://www.maff.go.jp/j/keiei/sosiki/kyosoka/k_tokei/attach/pdf/index-19.pdf

[3] 農林中央金庫『2025年3月期 決算概況について』2025年5月22日。
https://www.nochubank.or.jp/news/news_release/uploads/2025/20250522_2025%E5%B9%B43%E6%9C%88%E6%9C%9F%E6%B1%BA%E7%AE%97%E6%A6%82%E6%B3%81%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf

[4] 農林中央金庫『ディスクロージャー誌2025 CFOメッセージ』2025年。
https://www.nochubank.or.jp/ir/disclosure/pdf/dc_25_1_07.pdf

[5] 農林水産省「農林中金の投融資・資産運用に関する有識者検証会『報告書』」2025年1月28日。
https://www.maff.go.jp/j/study/attach/pdf/nouchu_kensyo-5.pdf

[6] 農林中央金庫『資本増強の実施について』2024年9月30日。
https://www.nochubank.or.jp/news/news_release/uploads/2024/20240930_%E8%B3%87%E6%9C%AC%E5%A2%97%E5%BC%B7%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%96%BD%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf

[7] 農林中央金庫『資本増強の実施について』2025年3月31日。
https://www.nochubank.or.jp/news/news_release/uploads/2025/20250331_%E8%B3%87%E6%9C%AC%E5%A2%97%E5%BC%B7%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%96%BD%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf

[8] 農林水産省『農業協同組合法等の一部を改正する等の法律の概要』2015年。
https://www.maff.go.jp/j/keiei/sosiki/kyosoka/k_kenkyu/pdf/3_kaiseiho_gaiyou.pdf

[9] 農林水産省『第221回国会提出法律案』および『農林中央金庫法の一部を改正する法律案の概要』2026年。
https://www.maff.go.jp/j/law/bill/221.html
https://www.maff.go.jp/j/law/bill/attach/pdf/221-12.pdf

[10] 農林水産省「不必要な共済契約に対する監督上の対応について」参照日:2026年7月16日。
https://www.maff.go.jp/j/keiei/sosiki/kyosoka/k_sido/kyousai_kantoku.html

[11] 公正取引委員会「土佐あき農業協同組合に対する排除措置命令について」2017年3月29日。
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/mar/170329.html

[12] 公正取引委員会「平成31年3月28日東京地方裁判所判決」。
https://snk.jftc.go.jp/DC005/H310328H29G01000196_

[13] 公正取引委員会「大分県農業協同組合に対する排除措置命令について」2018年2月23日。
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/feb/180223_1.html

[14] 全国農業協同組合連合会「組織」2025年4月現在。
https://www.zennoh.or.jp/about/organization/index.html

[15] 全国農業協同組合中央会「第27回参議院議員通常選挙結果についての談話」2025年7月21日。
https://org.ja-group.jp/message/wp/wp-content/uploads/2025/07/up20250721041116025.pdf

[16] 鈴木宣弘「農協潰しが再開された」『農業協同組合新聞』2025年6月26日。
https://www.jacom.or.jp/articles/250626-82779

[17] 山下一仁「実力政治家もなしえなかった農協改革」経済産業研究所。
https://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/yamashita/117.html

[18] Rabobank, “Our People,” accessed July 16, 2026.
https://www.rabobank.com/about-us/organization/our-people

[19] Fonterra Co-operative Group, “Fonterra Co-operative Council,” accessed July 16, 2026.
https://www.fonterra.com/nz/en/our-co-operative/governance-and-management/fonterra-co-operative-council.html

[20] Fonterra Co-operative Group, “Special Meeting—Capital Return: Notice of Meeting,” 2023.
https://www.fonterra.com/content/dam/fonterra-public-website/fonterra-new-zealand/documents/pdf/notice-of-meeting/fonterra-special-meeting-capital-return-2023.pdf

[21] 全国共済農業協同組合連合会「JA共済連 組織概要」参照日:2026年7月16日。
https://www.ja-kyosai.or.jp/about/organization/

[22] Farm Credit Administration, “Farm Credit Bank and Association Appointed Directors,” 2024.
https://ww3.fca.gov/readingrm/Handbook/FCA%20Bookletters/BL-009%20REVISED.pdf

[23] 農林水産省『令和6事業年度 農業協同組合及び同連合会一斉調査結果』2026年3月27日。
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukyo_rengokai/

[24] 農林水産省『農協の組合員の事業利用調査(3回目)の結果について』2021年9月14日。
https://www.maff.go.jp/j/keiei/sosiki/kyosoka/k_kenkyu/attach/pdf/index-127.pdf

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