ゲノム育種とは何か?:日本のいちごはまだ進化する~ゲノムとデータが変えるいちご産業の未来(第4回)
いちごの“設計図”を読む時代
これからのいちご産業を考えるうえで、避けて通れない言葉があります。
それが、ゲノム育種です。
少し難しく聞こえるかもしれません。
でも、考え方はそれほど難しくありません。
ゲノムとは、生き物が持っている「設計図」のようなものです。
人間に個性があるように、いちごにも個性があります。
甘いもの。
香りが強いもの。
果肉がしっかりしているもの。
色が美しいもの。
病気に強いもの。
たくさん実をつけるもの。
こうした特徴の一部には、いちごが持っている遺伝情報が関係しています。
ゲノム育種とは、その設計図を読みながら、よりよいいちごを生み出そうとする方法です。

これまでの育種は、育ててから選ぶ方法だった
従来のいちご育種では、親を選び、交配し、たくさんの苗を育て、その中から優れたものを選んできました。
これはとても大切な方法です。
実際に育ててみなければ分からないことは、たくさんあります。
どんな味になるのか。
形は安定するのか。
病気に弱くないか。
収量は十分か。
農家さんが育てやすいか。
こうしたことは、畑やハウスで時間をかけて見ていく必要があります。
ただし、この方法には時間がかかります。
たくさんの候補を育て、何年も観察し、その中から少しずつ絞り込んでいくからです。
新品種が生まれるまでには、長い時間と大きな労力が必要になります。
ゲノム情報を使うと、早い段階で見通しを立てやすくなる
ゲノム育種では、いちごの持つ遺伝情報を参考にします。
たとえば、まだ小さな苗の段階でも、その苗が将来どんな特徴を持つ可能性があるのかを予測できるようになるかもしれません。
もちろん、ゲノム情報だけですべてが分かるわけではありません。
同じ品種でも、育て方や気候によって味や収量は変わります。
それでも、ゲノム情報を使うことで、たくさんの候補の中から有望なものを早めに見つけやすくなります。
これは、地図を持って山を登るようなものです。
地図があっても、実際に歩かなければ山頂には着きません。
でも、地図があれば、どの方向に進むべきかは分かりやすくなります。
ゲノム育種も同じです。
育種家の経験や観察に、科学の地図を加える技術だと言えます。

勘や経験をなくす技術ではない
ここで大切なのは、ゲノム育種は育種家や農家さんの経験を否定するものではないということです。
むしろ逆です。
育種家は、長年の経験から、
この親は香りが出やすい。
この系統は果実がやわらかい。
この組み合わせは形が安定しにくい。
この品種は暑さに弱い。
この品種は収量が安定しやすい。
ということを見ています。
ゲノム育種は、そうした経験を科学的な情報で支えるものです。
つまり、
人の目と経験に、データという補助線を引く技術
です。
AIやデータという言葉が出てくると、「人の仕事が置き換わる」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、いちごの世界では、人の観察力や判断力はこれからも重要です。
ゲノム情報は、その判断をより強くするために使われるものです。
いちご育種が難しいからこそ、ゲノムが役に立つ
いちごの品種づくりは、単純ではありません。
甘さだけを見ればよいわけではないからです。
味。
香り。
大きさ。
色。
形。
硬さ。
収量。
病気への強さ。
暑さへの強さ。
日持ち。
輸送のしやすさ。
たくさんの条件を同時に考える必要があります。
しかも、ある特徴を良くしようとすると、別の特徴が弱くなることもあります。
甘くても、やわらかすぎる。
大きくても、形が乱れやすい。
収量が多くても、味が物足りない。
日持ちしても、香りが弱い。
こうしたバランスを見ながら、よりよい品種を探していくのが育種です。
だからこそ、ゲノム情報を使って、どの親を組み合わせるべきか、どの候補を重点的に見るべきかを考えることが大切になってきます。

これからのいちごは、科学と感性の両方で進化する
いちごは、数字だけで評価できる果物ではありません。
糖度が高ければ必ずおいしい、というわけではありません。
硬ければ必ずよい、というわけでもありません。
大きければ必ず喜ばれる、というわけでもありません。
食べたときの感動。
香りの広がり。
口どけ。
見た目の美しさ。
贈り物としての華やかさ。
こうした感性的な価値も、いちごには欠かせません。
だから、これからのいちご育種に必要なのは、科学だけでも、感性だけでもありません。
ゲノム情報という科学。
育種家の経験。
農家さんの観察力。
消費者の感覚。
市場での評価。
それらを組み合わせることで、日本のいちごはさらに進化していきます。
今回のまとめ
ゲノムとは、生き物が持つ設計図のようなものです。
ゲノム育種は、その設計図を参考にしながら、よりよいいちごを効率よく見つけていく方法です。
ただし、ゲノム情報だけですべてが決まるわけではなく、育種家や農家さんの経験と組み合わせることが大切です。
次回は、「いちごは、実はとても複雑な作物だった」をテーマに、いちご育種が難しい理由を分かりやすく見ていきます。
