日本人の物語01242【室町/義満期】室町の職制 二十一屋形*
石川県の野々市市(ののいちし)って「野々市々」って書きたくなりますね。
御一家、三管領、四職に続き高い家格を有した家柄について紹介していきましょう。
武家の世界では「屋形号」という称号があり、これを名乗ることは三管領・四職を含む有力守護にだけ許されていました。通常の守護は家臣から「殿」と呼ばれますが、屋形号を与えられた守護は家臣から「お屋形様」と呼ばれることになります。
この屋形号を与える権限を持つのは、西国においては将軍、東国においては鎌倉公方です。まずは将軍が許可を与えた西国の「室町二十一屋形」について紹介しましょう。
屋形号を許された21の家柄があるわけですが、三管領四職のような有力氏族は分家を独立させて別の家とみなし、ダブルカウントしている例が多く、21家中15家は三管領四職の氏族です。それらを除くと、屋形号を許された家は6つだけです。これらが幕府から重視された氏族ということになります。
○大内家: 本拠地は大内氏館(山口県山口市)
既に大内義弘が有力大名として登場していますが、この大内家は最盛期には6ヶ国を支配する守護となって栄えました。戦国時代になると家臣・陶晴賢の下剋上により滅ぼされます。
○土岐家: 本拠地は革手城(岐阜県岐阜市)のち大桑城(岐阜県山県市)
土岐頼遠がひどい不祥事を起こして(00967回参照)斬首されたものの、室町幕府成立に寄与したことが評価され、美濃守護として一大勢力を築きました。戦国時代になると斎藤道三に追放されます。
○六角家: 本拠地は観音寺城(滋賀県近江八幡市)
南近江の大名で、幕府に逆らうことの多かったトラブルメーカーです。鎌倉幕府成立に寄与した佐々木家の子孫なので重視されたようです。後に織田信長に滅ぼされます。
○今川家: 本拠地は今川館(静岡県静岡市)
今川了俊のおかげで家名を大いに上げました。駿河を本拠とし、戦国時代には今川義元を輩出することになりますが、織田信長に敗北して凋落していきます。
○武田家(若狭武田家): 本拠地は後瀬山城(福井県小浜市)
源義光の子・義清(よしきよ:1075~1149)が常陸国武田(茨城県ひたちなか市)に領地をもらったものの、その子の清光が狼藉を働いたため甲斐に追放され、甲斐武田氏となりました。さらにその分家が安芸国に領地をもらって安芸武田家となりました。その安芸武田家の更なる分家が若狭に土着したのが若狭武田家です。領国は若狭と丹後の一部に過ぎず決して広くはありませんが、将軍の信任を受け幕政に関与した時期もあり、屋形号を得ることができました。
○富樫家: 本拠地は富樫館(石川県野々市市)
平安時代から加賀を治める名家ですが、長享2(1488)年の加賀の一向一揆で追放される運命にあります。


