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日本人の物語01441【第一尚氏】金丸登場

「金丸」というとかつての自民党幹事長の顔を思い浮かべてしまいますが、今回登場するのは「かねまる」ではなく「かなまる」です。

 6代国王・尚泰久は護佐丸・阿麻和利の二大勢力を滅ぼしたものの、思わぬ伏兵に足をすくわれることとなります。ここでその尚泰久の腹心・金丸(かなまる:1415~1476)を紹介しておきましょう。
 金丸は伊是名島(沖縄県伊是名村)の百姓の家に産まれました。20歳のとき両親を失い、農地を継いだのですが、その農地への水の引き方をめぐって周辺住民とトラブルを起こします。ある年に大干ばつが起こり、島内の田は全て干上がってしまったのに、金丸の田だけは水が枯れることなく稲が豊かに実ったのです。
 島民たちは
「俺たちの田から水を盗んだだろう」
と金丸に言いがかりをつけました。実際には、金丸の田は湧き水につながっていただけなのに、難癖をつけられた金丸は妻と幼い弟を連れて島を追放されてしまったのです。
 この話には異説もあります。プレイボーイだった金丸は、島の女性に次々と手を出して男たちの怒りを買い、追放されたというものです。
 いずれにせよ、金丸は沖縄本島の国頭(くにがみ:沖縄県国頭村)に移り、やがて首里へと移りました。
 正統6(1441)年、金丸に転機が訪れました。当時まだ「越来王子」と名乗っていた尚泰久と偶然出会ったのです。
 その日、尚泰久は馬に乗ってハンタン山(沖縄県那覇市)に向かっていました。尚泰久は道の傍らに座るみずぼらしい金丸が、急いで何かを隠したのを目に留めました。何を隠したのかと尚泰久が聞くと、金丸は決まり悪そうに小さな握り飯を見せました。
「そんな小さい飯をなぜ隠そうとしたのか」
と尋ねると、金丸は
「私にとっては大事な飯です」
と答えます。
 これだけのやり取りなのですが、思うところあった尚泰久は、金丸を越来に連れ帰って雇い入れました。金丸の仕事ぶりは上々で、やがて尚泰久は4代国王・尚思達に金丸を推薦し、家来赤頭(げらえあくかべ)という下級役人の地位を与えられました。金丸はそこでも気に入られ、5年後には黄冠という政府高官の地位を与えられます。その後、尚泰久が6代国王として即位した際には側近中の側近となり、内間(沖縄県西原町)に領地も与えられました。史書には
「重要な政務は全て金丸のいる場で取り決められた」
と書かれています。

百姓の子が国王になるわけで、まるで豊臣秀吉のサクセスストーリーのような話ですね。

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