日本人の物語00104【人代前期】ナガスネビコの屈服*
ヤソタケルを倒した後も戦乱は続きます。B.C.663年11月7日に行われたエシキ(兄師木)とオトシキ(弟師木)との戦いです。「師木」とは地名であり、現在も奈良県磯城郡(しきぐん)という場所があります。その一帯を束ねていた豪族の兄弟だったのでしょう。
古事記では、エシキ・オトシキについて「討った」とだけ書いてあり、どのような戦闘だったのかが書かれていません。一方、日本書紀ではオトシキは早々と帰順したのに対してエシキが全く説得に応じず、やむなく滅ぼしたと書かれています。エウカシ・オトウカシのときもそうでしたが、弟の方が利に聡く、兄の方が融通が利かないものなのでしょうか。
12月4日。イワレビコは、奈良県生駒市を本拠とするナガスネビコと戦うこととなります。遂に兄の仇との対決であり、神武東征のクライマックスシーンです。
イワレビコ軍とナガスネビコ軍は何度も戦いますが、決着がつきません。あるとき、戦闘の最中に空が暗くなり、雹が降ってきました。そこに金色の鳥が飛んできて、イワレビコの弓の先に留まります。ナガスネビコ軍は目がくらんで敗走するのです。
敗北したナガスネビコは、使いを出してイワレビコに次のように言いました。
「私たちはアマテラスの子孫であるニギハヤヒ(饒速日)という神に仕えています。しかしあなた様もアマテラスの子孫だというではありませんか。一体私たちはどちらにお仕えすればよいのでしょう。あなた様は偽者ではないのですか」
なんと、ナガスネビコもアマテラスを尊ぶ気持ちを持っていたようです。その上で、イワレビコを偽者だと思ってこれまで敵対していたようです。イワレビコは答えます。
「アマテラスには多くの子孫がいる。真に子孫であればその証拠があるはずだ」
ニギハヤヒの持っていた「天の羽羽矢(あめのはばや)」を見てみると、果たしてそれは本物でした。イワレビコもまた、自分の持っている天の羽羽矢をナガスネビコに示します。これで、両者ともアマテラスの子孫であることが示されました。両者は争う必要などなかったのです。
しかし、ナガスネビコはその後もイワレビコの言うことを聞かず、反抗的でした。ニギハヤヒが「アマテラスの子孫の中で最も尊いのがイワレビコである」と説明しても、聞く耳を持ちません。やむなくニギハヤヒはナガスネビコを殺害したといわれています。
このニギハヤヒこそが、古墳時代から飛鳥時代にかけて活躍する物部氏(もののべし)の祖先とのことです。
ちなみに、このナガスネビコとの戦いを描いた映画があります。昭和35(1960)年に新東宝が製作した『皇室と戦争とわが民族』という映画です。冒頭で嵐寛寿郎演じる神武天皇がナガスネビコと戦い、金色の鳥が敵の目をくらます場面、続いて天皇即位の場面が描かれます。その後なぜか一気に歳月が経過して太平洋戦争が描かれ、嵐寛寿郎は東條英機役として登場します。神武天皇と東條英機の一人二役というのがあまりに解せないのですが。おそらく神武天皇を実写化した唯一の例ではないかと思われます。何とも変てこな映画です。

