日本人の物語01468【室町/西国/大乱前夜】伊勢家の家訓
伊勢貞親は連載中のマンガ『新九郎、奔る』でも重要人物として登場していました。大河ドラマ『花の乱』では北村総一朗が演じていましたね。
伊勢貞親が登場したところで、彼が息子の伊勢貞宗(いせさだむね:1444~1509)に書き残した『伊勢貞親教訓』についても紹介しておきましょう。これは将軍側近としての心構えを説いたもので、全38条と末文から成るものです。
貞親の教えは、大きく分けると次の4点です。
①神仏への崇敬
将軍側近の立場ですから、室町幕府への最大の圧力団体である五山の僧(臨済宗の僧たち)と接触する機会が多かったはずです。神仏への崇敬の念がなければ務まらないでしょう。
②主従関係の徹底
一族郎党に対して上下・主従の礼を厳守させることを説いています。あわせて、従者としての礼を守って忠義を尽くす者に対しては恩賞を与えるなど配慮を欠かさないよう指示しています。貞親はこの時期に始まりつつあった下剋上の風潮にいち早く気づき、それを防止しようとしたのでしょう。
③武芸と教養の陶冶
弓馬の道を日々怠らないよう述べた後、学問を身に着けるよう述べています。芸能は良くも悪くも人目につかない程度で十分で、特に犬追物と猿楽については度を越すことのないようにと戒めています。
伊勢家は財政一家であって自ら戦う機会は少なかったはずですが、だからこそ本分を忘れるなということでしょう。武芸が1番で学問は2番、そして芸能は適度で良いといっているのです。
④礼儀作法の厳守
平生の礼儀を守るよう述べ、「特に伊勢氏は政所執事にして武家故実(武家内の礼儀作法や儀式の手順)の宗家であるから、礼儀作法を重んじることは幕府内での地位を保つために重要である」と説いています。この点についてはひどく具体的で、「特に来客を不愉快にさせないことは、政治的な味方を多く得る上で必要である」とも述べています。
伊勢家は政所執事であって、その官位は有力守護たちに比べて高くありません。財政を握っている権力者ではあるものの、その地位は決して高くないことを自覚し、相手を立てる振る舞いに徹するよう求めているのでしょう。
この教訓状は大名家全般に通じる内容であり、鎌倉時代の極楽寺重時による『赤橋家家訓』(00669回参照)と同様に後世に大きな影響を与えました。
しかし、貞親は結局、他の有力守護家との対立を引き起こし、思わぬ経緯で失脚することとなります。貞親自身もこの教訓をしっかり守れていなかったのかもしれません。
伊勢家の本家は戦国大名にはならずに没落しましたが、その分家が小田原北条氏となって関東戦国史の重要な役割を担うこととなります。
