日本人の物語01161【南北朝後期】太平記終結
太平記は後醍醐天皇即位から始まっているので、00724回から今日までずっと太平記の時代を描いてきたことになります。時には太平記を現代語訳した上で少々解説を加えただけの日もあり、この連載は太平記があってこそ成り立つものでした。
今後は頼りにできる文献がなくなるので、無味乾燥な文章になってしまわないか少々不安です。
さて、細川頼之が管領に就任したことをもって、長い長い『太平記』は完結します。この『太平記』の終わり方は実に奇妙です。
というのも、『太平記』は義詮死去の章の末尾で、
「今年はどういう年であろう。京と鎌倉で同様に、ご兄弟が間を置かずして亡くなった。誰が将軍になり、天下の乱れを治めるのだろうか。この世はもはやこれまでかと思われる」
と世情不安を煽っているのに、その次の章で
「そんなとき、細川頼之の政治力が素晴らしいとの噂があったので、天下の管領職に据えて幼い将軍を補佐すべきだと衆議の意見が一致した。頼之は管領となった。振る舞いや人徳は実に噂通りで素晴らしかったので、武士たちは頼之を重んじ、その命に背かず、日本は自ずと治まった。ああめでたいことである」
と言って終わらせてしまうのです。これまで40巻にも渡る戦乱の時代を延々と描いてきたにもかかわらず、最後はたったこれだけの短い文章で終わらせてしまう、何ともいえない無理やり感です。この後、頼之や義満がどんな素晴らしい手腕で平和を築いたのかは全く語られません。
『太平記』は『平家物語』に比べると、作品としてのレベルは大いに劣っています。場面ごとに登場人物の評価が逆転していたり、唐突に無関係な中国の故事が登場したりして、読みにくくて仕方ありません。『平家物語』を意識していると思われる記述も多数ありますが、全体的に劣化版でしかありません。
ただ、どうやら『太平記』という作品は草稿段階のものであって、完成品ではないらしいのです。年月日や発生順を誤って書いている点も多数ありますし、ひどいところでは高師久を誤って「高豊前守(こうのぶぜんのかみ)」と表記し、高師重と取り違えています。かくも欠陥だらけの作品が今や古典文学の金字塔として祀り上げられていることに違和感もあります。
一方で、これだけの動乱の時代を一つ一つの戦いに着目して時系列順に紹介している作品は他にありません。史実通りと受け取るわけにはいかないものの、同時代を生きた人々がどんな考えで当時の戦いを見ていたのかを窺い知る貴重な文学といえるでしょう。
さて、これ以降は『太平記』の記述がなく、日記や発給文書をもとに歴史を記していくこととなるので、だいぶ進みが早くなると思われます。『太平記』のようなストーリー性は失われるかもしれませんが、なるべく個性に着目した人物描写を心掛けていきたいと思います。
