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日本人の物語01489【室町/西国/大乱前夜】寛正の土一揆

映画『室町無頼』はしっかり映画館で見ました!
一揆を描いた映画はいくつかありまして、
・室町時代の寛正の土一揆を描いた『室町無頼』
・江戸時代の郡上藩で起こった農民一揆を描いた『郡上一揆』
・幕末を描いた『ええじゃないか』
・明治維新直後の地租改正一揆を描いた『草の乱』
・越中の女一揆とも呼ばれる大正時代の米騒動を描いた『大コメ騒動』
などがあります。

 寛正3(1462)年9月11日。京で大規模な徳政一揆が発生しました。「寛正の土一揆」です。徳政一揆に分類され、「徳政令の発布を求めたもの」といわれていますが、飢餓に苦しむ民衆が政府の無策に憤って起こした暴動かもしれません。
 この一揆を起こした中心人物は、蓮田兵衛(はすだひょうえ:?~1462)なる者です。出自は不明ながら「牢人の地下人」とされています。「地下人(じげびと)」とは「殿上人」の対義語であり、つまり宮殿に上がることのできないレベルの下級役人という意味です。その「牢人」ですので、つまり蓮田兵衛は職を失った元下級役人ということでしょう。
 蓮田の起こした暴動には浪人や大名の被官までもが加わり、土倉・酒屋などの金融業者を襲撃しては財物を奪ったり、商人の家に火を放ったり、不法行為を繰り返しました。
 この一揆は一旦沈静化したものの、10月21日に再発しました。今度は蓮田率いる一揆軍は東寺を制圧して糺の森に進出し、相国寺の東門を攻撃しました。相国寺といえば室町御所から徒歩5分の立地であり、あわや一揆軍が室町御所に侵入する勢いでした。
 さらに一揆勢は、京都七口を封鎖して物流をストップしました。これが長引けば幕府は兵糧攻めで敗れてしまいます。
 幕府は侍所所司代・多賀高忠(たがたかただ:1425~1486)や赤松政則といった在京大名に鎮圧を命じました。しかし蓮田率いる一揆軍は意外に強く、土豪百姓からなる軍隊であるにもかかわらず、一度は赤松勢の攻撃を退けたといいます。その後、二度目の攻撃を受けて敗走したものの、寄せ集めの軍が正規の武士からなる軍を圧倒したとは驚きです。
 ちなみに多賀高忠は近江守護・京極持清の家臣であり、現在の滋賀県多賀町を領地とする一族です。京極家は例年祇園会に際して将軍が京極家に出向くことが慣例となっているほど格式の高い名家でしたが、文正元(1466)年6月7日に催された祇園会では資金不足のため将軍招致を辞退しようと考えました。そこに家臣の多賀高忠が全ての資金を肩代わりし、京極家の体面を保ちました。これにより多賀高忠は主家の京極家よりも存在感を発揮するようになったとのエピソードがあります。
 同じ頃、奈良では木津(京都府木津川市)の馬借らが一揆を起こし、大和守護を兼ねている興福寺の六方衆が鎮圧に当たりました。
 11月2日になって、幕府はようやく乱の首謀者たる蓮田兵衛を淀(京都府八幡市)で捕らえ、処刑しました。
 土一揆の発生は、正長、嘉吉に続き3度目となりますが、首謀者の名前が分かっているのはこれが最初です。蓮田兵衛は史上初めて民衆を率いて政府と戦ったリーダーであり、もっと着目されて良いように思えます。
 小説家の垣根涼介氏はこの蓮田兵衛に惹かれ、小説『室町無頼』の主人公に据えました。この小説は直木賞候補となり、大泉洋主演で映画化もされました。「寛正の土一揆」は他の一揆に比べて知名度が低かったようですが、今後は重視されるかもしれません。

ちなみにさっき挙げた5本以外にも、カエルカフェ製作の一揆映画があります。
・『正長の土一揆』
・『火面~嘉吉の箭弓一揆~』
どちらも室町時代の一揆を描いた映画なのですが、なぜか一揆の決着を闘茶で決めたり、弓道で戦って決めたりする不思議なお話です。

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