日本人の物語01434【第一尚氏】第一尚氏概観
琉球王国で王朝交代があった(第一尚氏と第二尚氏に分かれている)ということは、高校日本史ではほとんど取り上げられていません。割と重要なことのように思うのですが。
宣徳4(1429)年に成立した琉球王国は、光緒4(1879)年まで約450年に渡って存続するのですが、その王統は大きく2つに分かれます。
というのも、歴代国王26名は全員「尚」という名を名乗ってはいるのですが、成化6(1469)年を境にその血統は変わっているのです。前半の7名と後半の19名との間に(少なくとも男系での)血縁関係はありません。そこで、前半の7名を「第一尚氏」、後半の19名を「第二尚氏」と呼びならわしています。
第一尚氏: 1429~1469
第二尚氏: 1469~1879
本章では、第一尚氏の時代として宣徳4(1429)年から成化6(1469)年7月までを描いていきます。この時代の歴代国王は次のとおりです。。
初代: 尚思紹(在位1406~1421)※当時は三山統一前
2代: 尚巴志(在位1422~1439)
3代: 尚忠(在位1440~1444)
4代: 尚思達(在位1445~1449)
5代: 尚金福(在位1450~1453)
6代: 尚泰久(在位1454~1460)
7代: 尚徳(在位1461~1469)
尚巴志が死去した後、ひどく短命な国王が続いています。病弱な一族だったのかもしれません。国王が頻繁に交代したためか、政治も安定せず、
1453年: 志魯・布里の乱
1458年: 護佐丸・阿麻和利の乱
という大きな戦乱が二度も起こります。そうした混乱がやっと収束したと思ったら、7代国王・尚徳は喜界島への遠征を行って国民を疲弊させてしまい、支持を失います。
尚徳が29歳で死去した後、その子は廃されて重臣の金丸(後の尚円)が周囲の支持を受け、国王となりました。ここからが第二尚氏の始まりです。実際にはこの国王交代劇はクーデターであって、血なまぐさい出来事があったと思われますが、琉球王国の正史ではあくまで群臣が推挙したために起こった平和的な政権交代だったとされています。
本章では、正史の記述のほか、歌集『おもろそうし』に残る伝説など様々な観点から琉球王国の歴史を読み解いていきます。
高校日本史で初めて『おもろそうし』という名を聞いたときは「面白そう、という意味かなあ」と考えたのですが、実際には「おもろ」=「思い」+「草紙」=「お話」という語源だそうです。
