日本人の物語00067【神代】黄泉国
悲しみに暮れるイザナギは、亡き妻を追って黄泉の国へと向かいます。すると扉が開き、死んだイザナミが現れました。
「国作りはまだ終わっていない。私と一緒に帰ろう」というイザナギに、イザナミは
「もう少し早かったらよかったのに。私はもう黄泉の国の食べ物を食べてしまったので、もう戻ることはできません。でもどうにかして帰る方法はないか、神々に相談してきますので、ここで待っていてください。その間、決して私を見ないでください」
と言って扉を閉じてしまいました。
いろんな国の神話・民話でみられるパターンです。禁忌が設定され、主人公は必ずそれを破ってしまうというストーリー。ギリシア神話ではオルフェウスが後ろにいる妻の方を振り返り、パンドラが開けてはいけない箱を開けてしまいます。旧約聖書ではロトの妻がソドムの町を振り返ってしまいます。日本の昔話では、男が機織りをする妻の部屋を覗いてしまったり、浦島太郎が玉手箱を開けてしまったりしますね。ダチョウ倶楽部の「押すなよ!」というあの芸も、この延長にあるのかなと思います。
さて、イザナギもご多分に漏れず、やはり扉を開けて向こう側を覗いてしまいます。暗くてよく見えなかったので、櫛の歯を一本折って火を灯してみたところ、そこに見えたのは、腐敗して蛆にまみれたイザナミの姿でした。火を一本だけ灯すのは縁起が悪いという文化はここから来ているとの説があります。仏壇などでは必ず2つの火を灯しますよね。
イザナギは驚いて逃げ出します。するとイザナミは「私に恥をかかせたな!」と言って、醜女(しこめ)にイザナギを追わせます。醜女というのがどういうものかは分かりませんが、単に容姿の醜い女という意味ではなく、ある種の妖怪なのでしょう。
追いつかれそうになったイザナギは、髪に巻きつけていた蔓草(つるくさ)を投げました。すると蔓が勢いよく茂って、なんと葡萄の実が成りました。醜女はそれにむしゃぶりつき、イザナギは逃げることができました。イザナギはこういった不思議な力を持っているようですね。
しかし葡萄を食べ尽くした醜女は、またイザナギを追ってきます。そこでイザナギは竹でできた櫛を投げつけました。すると櫛からなんとタケノコが生えてきました。醜女はそのタケノコを食べるのに気をとられ、イザナギはまたうまく逃げることができました。
醜女の脅威から逃れたイザナギでしたが、続いてはイカヅチの悪霊たちが追ってきます。
イザナギは逃げ続け、ようやく黄泉国と現世との境目にある「黄泉比良坂(よもつひらさか)」までやって来ます。そこで桃の木を見つけ、成っていた桃の実を投げつけると、悪霊たちは勢いを失い、去っていきました。
なぜ桃の実を投げることでダメージを与えられるのか、いまいちピンと来ませんが、これが節分の豆まきの起源であるとの説があります。桃を投げるわけにいかないので、代わりに豆を投げるようになったというのです。
