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日本人の物語01429【三山】尚巴志登場

やっと高校日本史の教科書に登場する人物が出てきました。「尚巴志」は太字で出てくる超重要人物です。

 中山の武寧、北山の攀安知、南山の他魯毎、以上三人の暗君たちを滅ぼすヒーローがここに登場します。琉球統一の雄・尚巴志(しょうはし:1372~1439)です。まずは尚巴志がどのような性格だったのか、人物像から描いていきましょう。
 尚巴志は洪武5(1372)年、佐敷按司を務める尚思紹(しょうししょう:1354~1421)の子として産まれました。佐敷(さしき)とは南山王国の一角にあり、現在の沖縄県南城市です。
 尚巴志の少年時代のエピソードとしては、こんな話があります。尚巴志は与那原(よなばる:沖縄県与那原町)の鍛冶屋に通って強い剣を何年もかけて作ってもらい、いつもその剣を携えて出かけていました。あるとき、舟に乗って遊んでいたところ、突然大鰐(おおわに:現代でいうところのサメ)が現れ、舟が転覆してしまいます。絶体絶命の状況の中、尚巴志が剣を抜いて立ち向かったところ、大鰐はその気迫を恐れて退散したというのです。
 尚巴志の力の強さについても伝説的なエピソードがあります。尚巴志は大人になった後も身長が五尺(約150㎝)に満たず、小柄だったそうですが、その力はかなり強かったといいます。ある時、尚巴志と試合をしようと訪ねてきた武士が、尚巴志に薦められるまま煙草を吸おうとして煙草盆を引き寄せようとしましたが、あまりの重さで微動だにしません。全力で引いても動かないのです。武士はこの重たい煙草盆を軽々と扱う尚巴志に恐れ入り、試合をせずにすごすごと帰っていきました。
 その武士が舟に乗って帰ろうと浜に来てみると、舟が陸に引き上げられており、帰れません。これまた力持ちの尚巴志の仕業でした。武士は尚巴志に頼み込んで、舟を海に浮かべてもらって退散したといいます。
 さて、尚巴志のエピソードは武勇に関するものばかりではありません。尚巴志は少年時代から持っていた例の剣を、与那原に来ていた外国人に乞われ、鉄と交換しました。尚巴志はその鉄を使って農具を作らせ、領内の農民たちに配りました。これまで木製農具で作業を行っていた農民たちは大いに喜び、領内の農業生産力も大幅にアップしました。
 これは察度のエピソードとほぼ同じですが、尚巴志がそれだけ領民たちに慕われていたことを示すものでしょう。
 洪武26(1393)年、尚巴志は父から佐敷按司の職を譲られました。このとき、父の尚思紹が尚巴志に語った言葉が史書『球陽』に記録されています。
「昔、玉城王が徳を失い政治を怠り、国が3つに分かれ、100年も戦いがやまず、民の塗炭の苦しみが続いている。今の按司たちをみるに、それぞれ武力を誇示しているが皆、家を守る犬に過ぎず、共に行動するに足りない。今の世に大事を成すことができるのはお前だけだ。私に代わって佐敷按司となり、民を水火の中から救ってくれ」
 こうして尚巴志がいよいよ歴史の表舞台に躍り出ました。ここから琉球統一までの軌跡を見ていきましょう。

「按司」というのは、本土の中世史における「守護」のようなものですね。

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