日本人の物語00342【平安中期】更級日記
紫式部と『源氏物語』を取り上げたついでに、その『源氏物語』を愛した菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ:1008~?)についても取り上げておきましょう。
菅原孝標女は、父・孝標が上総介(かずさのすけ)を務めていたため、上総(千葉県)で生まれ育ちました。10歳頃に世の中に『源氏物語』というものがあるのを知って、どうにかしてそれを読んでみたいと願いましたが、当時、東国にそのような貴重な書物があるはずもありません。どうにかして家を訪れる親戚の者などから筋書きを聞き出そうとしますが、相手はうろ覚えでストーリーが理解できないままでした。
思い余った菅原孝標女は、なんと等身大の薬師仏を作って、
「京にとくあげ給ひて、物語のおほく候ふなる、あるかぎり見せ給へ」
と額をついて祈りました。
13歳になってようやく父の任期が終わり、京へ帰ることとなりました。
寛仁4(1020)年9月3日に上総を出発した一行は、12月2日にようやく京に入ります。
実家にたどり着くや否や、家族が引越しの荷物の整理に追われているにもかかわらず、彼女は
「物語もとめて見せよ」
と継母にせがみます。継母は親戚から草子(昔話)を取り寄せてくれました。嬉しくて毎日その草子を眺めていましたが、彼女の頭にはやはり『源氏物語』がありました。
その後、継母との離別や乳母の死といった悲劇にふさぎごんだ彼女のもとに、実母が『源氏物語』の紫の巻を送ってくれました。鬱々とした気分は吹き飛んでしまい、彼女は再び『源氏物語』の世界に引き込まれていきます。その後、母親と太秦(うずまさ)の広隆寺(京都市右京区)に参拝しますが、彼女はひたすら
「源氏物語全54帖を我に与えたまえ」
と祈りを捧げました。
その後遂に彼女の願いが叶う瞬間がやって来ました。たまたま上洛した叔母が「あなたの好きなものをあげましょう」と言って、『源氏物語』全巻コンプリートを贈ってくれたのです。彼女は
「后の位も何にかはせむ」(后の位だって問題にならないわ)
と大喜びして、やっと一から『源氏物語』を読むことができたのでした。
菅原孝標女の生涯は、本を読みたいと神仏に祈ったり、后の位よりも本を欲しがったり、現代で言うところの「腐女子」に近いものを感じます。『源氏物語』への憧れをひたすら綴った『更級日記』は、平安朝に生きた少女の文学愛を今に伝えています。
