日本人の物語00498【平安末期】一ノ谷の戦い 盛俊・師盛最期
一ノ谷の戦いは、東側からの範頼隊(本隊)による攻撃にあわせた北側からの義経隊による奇襲が功を奏して、源氏方の一方的な勝利となりました。平家の将たちは次々と討ち取られていきます。その様子を見ていきましょう。
平家の家人の中でも特に剛力で知られる平盛俊は、次々と源氏方の兵を討ち取っていました。その盛俊に、源氏方の猪俣範綱(いのまたのりつな:?~1192)が襲い掛かります。
しかし剛腕な盛俊の前に、範綱は簡単にやられてしまいます。首を斬られかかった範綱は、
「自分の命を助けてくれれば、あなたの一族の助命をしよう」
と交渉を持ちかけますが、盛俊は
「私は不肖なりとも平家の一門だ。源氏方に頼ろうとは思わぬ」
と言って、乗ってきません。
盛俊はなおも範綱の首を取ろうとしますが、範綱が
「降伏した者の命を奪うとは、卑怯ではないか」
と言ったので、盛俊は範綱を放してやりました。
そのまま二人はそこに座り込んでしばらく休息していましたが、そこに武者が駆け寄ってきました。範綱が
「あれは私の味方だが、気になさることはない」
と声をかけますが、盛俊はそれに気をとられてつい範綱から目を離してしまいます。その隙に、範綱は盛俊に突進し、泥の中に倒します。動きにくい泥に体をとられた盛俊は、そのまま範綱に首を取られてしまいます。あまりに卑怯な振る舞いです。
以上は平家物語に描かれているエピソードですが、古来より戦場はこうした非情なものなのでしょう。
もう一人、情に流されたために命を奪われたのが平師盛(たいらのもろもり:?~1184)です。師盛は重盛の五男で、当時はまだ10代だったと思われます。
師盛が主従7人で舟で逃亡中、知盛の家臣の兵が近づいてきました。兵が
「乗せていただきたい」
と呼びかけてきたので、舟を陸に近づけたところ、なんとその男は馬ごと舟に飛び乗ってきました。舟は大きく揺れ、そのまま転覆してしまいます。
海に落ちた師盛は敵に見つかり、殺害されました。見ず知らずの味方を助けようとしたために起こった悲劇でした。
