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日本人の物語00077【神代】オオアナムジ登場*

 さて、スサノオはクシナダヒメとともに須賀の地に住み始めました。2人は子を産み、その子孫がオオクニヌシ(大国主)です。次の主人公になります。
 スサノオとオオクニヌシの間にいる歴代の神たちは、名前が紹介されているだけで何らの事績がありません。一応書き出しておきましょうか。
 スサノオとクシナダヒメの間の子がヤシマジヌミ(八島士奴美)。
 ヤシマジヌミはコノハナチルヒメ(木花知流比売)を娶ってフワノモジクヌスヌ(布波能母遅久奴須奴)を産みます。
 フワノモジクヌスヌはヒカワヒメ(日河比売)を娶ってフカフチノミズヤレハナ(深淵之水夜礼花)を産みます。
 フカフチノミズヤレハナはアメノツドヘチネ(天之都度閉知泥)を娶ってオミズヌ(淤美豆奴)を産みます。
 オミズヌはフテミミ(布帝耳)を娶ってアメノフユキヌ(天之冬衣)を産みます。
 アメノフユキヌはサシクニワカヒメ(刺国若比売)を娶ってオオクニヌシを産みます。
 ひたすら名前が羅列されているだけで退屈な部分です。要するに、スサノオの6世孫がオオクニヌシということになります。これが古事記の記述です。
 ところが、日本書紀の方ではスサノオの子がオオクニヌシだと書かれているのです。この違いは一体どういうことでしょうか。
 オオクニヌシとは何者なのか。その謎は後でまた検討することとして、とりあえずオオクニヌシの冒険の物語を紐解いていきましょう。
 オオクニヌシは、当初はオオアナムジ(大穴牟遅)という名前でした。本稿でもオオアナムジと呼ぶことにします。
 オオアナムジには大勢の兄がいました。古事記ではこの兄たちを「八十神(やそがみ)」と呼びます。80人いたというわけではなく、80というのは大きな数字の象徴なのでしょう。
 さて、八十神たちは、稲羽に住むヤガミヒメ(八上比売)と結婚したいと考えていました。稲羽は「いなば」と読み、後に「因幡」という漢字表記になります。現在の鳥取県です。
 八十神たちは、ヤガミヒメに求婚するため稲羽に向かいますが、末弟であるオオアナムジは全員の荷物を背負わされて、最後尾を歩いていました。
 一行が気多(けた)の岬に来たときのこと。毛をむしられて赤くなった兎が倒れているのを見つけます。意地悪な八十神たちはその兎に、
「海水を浴び、うつ伏せに寝ていれば良くなるよ」
と嘘を教えます。
 兎がそのとおりにすると、海水が乾いて身に沁み、かえって痛みが増してしまいました。
苦しんでいるところに、遅れて最後尾を歩いているオオアナムジがやって来ます。

出雲大社の中にあるオオクニヌシ(初名はオオアナムジ)の像。当然ながら出雲ではアマテラスよりオオクニヌシとスサノオを推している。2025年4月13日撮影。
ヤガミヒメの出身地と伝わる鳥取市河原町の河原城前にはオオクニヌシとヤガミヒメの出会いの像がある。2026年8月9日撮影。

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