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日本人の物語01445【室町/西国/大乱前夜】大乱前夜概観

「大乱前夜」というタイトルを見て、我ながら「地味なタイトルだなあ」と思います。

 本章は「大乱前夜」と題して、嘉吉の乱から応仁の乱が始まる直前までの西国情勢を見ていきます。
 これまで見てきたとおり、6代将軍義教は守護家の家督相続問題に次々と介入していました。畠山家については持国を引退させて持永に継がせようとしたわけですが、義教横死を契機に持国は実力で家督をもぎ取ることに成功します。そのアンチ義教の最右翼たる持国が管領となって実権を握ったわけですから、これ以降は義教時代と真逆の政権運営がなされていきます。
 一方、持国を牽制しようと立ちはだかったのが細川家です。といっても、前管領の細川持之は13歳の勝元(かつもと:1430~1473)を残して病死してしまい、単独では畠山家に対抗できません。そこで勝元は、山名持豊(宗全)を味方につけることで畠山持国に立ち向かいます。後に細川勝元と山名宗全は応仁の乱で戦う運命にありますが、この時点ではまだ連携しており、それどころか「蜜月」といって良いような良好な関係を築いています。
 この時代には、
・近江における六角兄弟の争い
・加賀における富樫兄弟の争い
・美濃における斎藤氏と富島氏の争い
・播磨における山名・赤松の争い
・大和における経覚と光宣の争い
など、様々な内紛が同時発生します。時系列順に書くと話があちこちに飛んで分かりづらくなるので、ここは国別・地方別に記していくことになるでしょう。
 さらに応仁の乱の主原因となる
・畠山家の家督争い(河内寛正合戦)
・斯波家の家督争い(武衛騒動)
がこの時期に大きく動きます。
 そして特筆すべきは、守護家の家督争いに対する8代将軍義政の介入の仕方があまりにひどいことです。あるときは一方を支持しておきながら数年後にはもう一方を支持するなど、コロコロと態度を変えるので家督争いが激化していくばかりです。
 本章は「応仁の乱への助走期間」ともいえる地味な時代ですが、ここをしっかり理解しないとこの後発生する大乱が分からなくなってしまいます。どうぞお付き合いください。

「大乱前夜」といっても、あちこちで「小乱」か「中乱」は起きてるんですよね。

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