日本人の物語00340【平安中期】紫式部 源氏物語の執筆*
源氏物語の全体構成を改めて見返してみますと、どうも宮仕えの中で紫式部の感性は徐々に蝕まれていったような気がしてなりません。
『源氏物語』は大きく三部構成になっています。
・第一部: 桐壺の入内~明石女御の輿入れ
・第二部: 女三宮の降嫁~紫の上の死
・第三部: 薫の初恋~浮舟の出家
このうち、第一部はところどころ涙を誘う場面もあるものの、全体としては明るいストーリーとなっており、「末摘花の君」をめぐる光源氏と頭の中将との争いなどコメディ要素も含まれています。
しかし第二部から急激にストーリーが暗転します。女三宮が光源氏のもとに現れるや否や、ヒロイン紫の上の幸福な結婚生活は失われます。失意のうちに世を去った紫の上を思いながら、光源氏はひどい後悔の念にさいなまれながら余生を送るのです。
第三部になると、もはや目も当てられません。大君、中君、浮舟の三姉妹の全員が不幸になるストーリーです。自殺に失敗した浮舟が世を捨て出家するところで終わります。
いったい宮仕え中の紫式部に何があったのでしょう。
紫式部日記の中には、他の女房に陰口を叩かれて困惑する場面など、式部にとって大いにストレスを感じたであろう出来事がいろいろ書かれています。その一つ一つは瑣末な出来事ですが、こうしたことが度重なって神経が参ってしまったのかもしれません。
紫式部の歌で百人一首に収録されているのはこれです。
「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな」
(久しぶりにめぐりあったのに、顔をしっかり見て「ああ、あの人だな」ということすら分からないままに、夜半の月が雲に隠れるように、あなたがお帰りになってしまったことが残念でなりません)
詞書によれば、これは幼い頃親しくしていた友人と久しぶりに再会したものの、あっけない別れ方に心残りを感じたときに詠んだものだといいます。つまり「めぐりあった」相手は、恋の相手ではなくて昔の友人だというのです。
ロマン派恋愛小説『源氏物語』を世に送り出した紫式部ですが、日記を見ていても自分の恋の話は全く出てきませんし、恋の歌も詠んでいません。ひたすら自己抑制をモットーとした紫式部らしい態度だと思われます。

