日本人の物語00167【飛鳥】十七条憲法
推古天皇12(604)年4月3日。またまた厩戸皇子の主導により、「十七条憲法」が制定されます。教科書によっては「憲法十七条」と表記される場合もありますね。これは「憲法」という名を冠してはいますが、今日でいうところの憲法とは全く意味が異なります。役人の心構えを示したものです。
第一条は非常に有名な「和をもって尊しとなす」です。仲良くしなさいということです。
これぞ古代から現代に至るまで、良くも悪くも日本人の根底にある思想だと思います。良く言えば調和を重んずるわけですが、悪く言えば馴れ合いになってしまうということでもあります。
第二条は「厚く三宝を敬え」です。仏・法・僧のことですね。
第三条は「天皇の命を受けたら必ず従え」です。こんな当たり前のことをわざわざ書かなければならなかったということは、当時天皇の命というものがひどく軽視されていたということかもしれません。そういえば、東漢駒が蘇我馬子に殺される際、
「頭には大臣のことしかなく、天皇を尊ぶべきとは知らなかった」
と言い訳したという話を述べたことがありましたね。
全条説明していては長くなってしまうので、飛ばし飛ばし行きましょう。
第四条の「仕事は真心を持って行いなさい」とか、第六条の「悪行を懲らしめて善行をすすめなさい」とか、第七条の「物事の道理に通じなさい」などなど、全体的に仏教ではなく儒教の影響が色濃く表れています。
第十条などは、パワハラ上司に読ませてやりたい条文です。
「憤りを断ち怒りを捨て、人が従わないことに怒ってはならない。人にはそれぞれ心がある。自分が賢く、相手が愚かだとなぜ言えるのか。自分も相手も賢いときもあれば愚かなときもあるのだ」
第十三条は、人事異動の時期に訓示で引用できそうな条文です。
「それぞれ任命された役人は、自分の仕事についてよく知っておきなさい。着任した日から、以前から知っていたかのように振る舞いなさい。それは前の人のやった仕事だから知らないなどといって業務を停滞させてはならない」
引継ぎがちゃんとできておらず、「知らない」と言われてしまうのは今でもよくある話ですが、まさか飛鳥時代から同じ問題が起こっていたとは思いませんでした。役人の体質は古代から変わっていないものなのですね。
第十七条には、「一人で案件を処理してはならない。必ず多数の者で議論しなさい」とあります。合議制を大事にするということは日本文化の良いところなのですが、一方でそのためにリーダーシップを発揮できず重要事項がなかなか決められないという悪しき文化にもつながっているわけですね。
