日本人の物語00126【人代後期】人代後期概観*
今回から、「人代後期」と稿を改め、第15代応神天皇即位(270年)から第25代武烈天皇崩御(507年)までを扱います。この時代の天皇は以下のとおりです。
・第15代応神(おうじん): 在位270~310
・第16代仁徳(にんとく): 在位313~399
・第17代履中(りちゅう): 在位400~406
・第18代反正(はんぜい): 在位406~410
・第19代允恭(いんぎょう): 在位412~453
・第20代安康(あんこう): 在位453~456
・第21代雄略(ゆうりゃく): 在位455~479
・第22代清寧(せいねい): 在位480~484
・第23代顕宗(けんぞう): 在位485~487
・第24代仁賢(にんけん): 在位488~498
・第25代武烈(ぶれつ): 在位498~506
仁徳天皇の在位年数は長すぎて、とても史実とは思えません。一方で、履中天皇以降は在位年数の短い天皇も結構出てきます。短期間に次々と天皇交代が起こるという混乱した時期であったことが記載されているのです。それは、ある程度史実を反映した描写なのでしょう。
そういうわけで、本稿で取り上げる時代は、日本書紀上の年号では270年~507年に当たりますが、実際の年代は大きく異なり、概ね420年頃~507年の出来事と考えられます。
この時代の最大の特徴は、前方後円墳と呼ばれる大規模な古墳の製作です。
最初に現れた前方後円墳は、3世紀初頭に作られたとみられる石塚古墳(奈良県桜井市)で、全長96メートルです。これが徐々に巨大化してきて、3世紀中頃には全長280メートルの箸墓古墳(奈良県桜井市)が登場します。そして5世紀になって、世界最大の前方後円墳、仁徳天皇陵(大阪府堺市)が現れます。全長なんと486メートル。堀の部分も入れると512メートルにもなります。ただし、考古学者たちはこれを仁徳天皇の墓とは認めておらず、「大山古墳」又は「大仙陵古墳」と呼んでいます。そもそも仁徳天皇という人物自体、実在するかどうかが疑われているのです。
ですから、この時代は「古墳時代」と位置付けてしまってもよいのかもしれませんが、とはいえ荒唐無稽な話が続きますので、あくまで神話の一部として捉えていただきたいと思い、「人代後期」と題することにしました。
5世紀の日本について、とりあえず本稿では日本書紀を軸として見ていくことにします。
その上で、中国の歴史書である宋書倭国伝も参照します。
では、応神天皇の事績から書き起こしていきましょう。

