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日本人の物語01420【三山】三山時代概観

沖縄編が始まります。このブログを書くために沖縄の歴史の本をいろいろ読んだのですが、初めて知ることばかりで驚きの連続でした。

 ここからは沖縄の歴史についてまとめていきます。
 本州では旧石器時代→縄文時代→弥生時代→古墳時代と進んでいくわけですが、沖縄では
・旧石器時代(?~B.C.5000頃)
・貝塚時代(B.C.5000頃~1200頃)
・グスク時代(1200頃~1429)
と進み、そのグスク時代の中でも「中山」「南山」「北山」という3ヶ国が並立した時代のことを「三山時代(1322~1429)」と呼びます。
 本稿は考古学の成果を紹介するのではなく、人間に着目した歴史を語っていくことが目的ですので、旧石器時代・貝塚時代はさらっと触れるにとどめ、グスク時代、特に三山時代を詳しく取り上げたいと思います。
 沖縄にいつ人類が住み始めたのかは不明ですが、最古の人骨は那覇市内で発見された山下人骨で、約3万2千年前のものと推定されています。また、沖縄県八重瀬町出土の港川人骨は約1万8千年前のものながら、ほぼ完全な形で見つかった大変貴重なものです。彼らは本州の旧石器時代人と同様、粗末な道具で狩猟生活を営んでいました。
 B.C.5000年頃から土器が用いられ始めました。まだ農耕は始まっておらず、狩猟・採集・漁労による生活です。本州の縄文文化に近いためかつては「縄文時代」と呼ばれていましたが、土器の形状が大きく異なるので別の文化だろうということで、現在は「貝塚時代」と呼ばれています。
 13世紀頃から沖縄本島の各地で「グスク」と呼ばれる城が築かれ始めました。各グスクを拠点に按司(あじ)と呼ばれる領主が地域を治めるようになり、本土における戦国時代のような群雄割拠の時代が始まります。この点、康熙40(1701)年に編まれた琉球王国の公式歴史書『中山世譜』等の正史では
「元々は沖縄は一つの国だったのが、徳の薄い王のせいで按司たちが逆らうようになり、国は中山・北山・南山の3ヶ国に分かれた」
というストーリーが書かれているのですが、恐らくこれは後世の創作であり、実際のところは群雄割拠の状況から3ヶ国にまとまってきたものと思われます。(なお、琉球王国の正史では中国の元号が用いられているので、この連載でも琉球王国成立後は中国元号を用います。)
 実際の状況はさておき、とりあえずは琉球王国の正史がどのような歴史を語っているのか、次回から見ていきましょう。

琉球王国の正史が何冊か日本語訳で出版されていて、大いに助かりました。原典は中国語で書かれているものが多いようです。

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