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日本人の物語00734【鎌倉後期】誡太子書 皇太子への戒め

 元徳2(1330)年2月。花園上皇は『誡太子書(かいたいしのしょ)』と呼ばれる書物を著し、甥に当たる皇太子・量仁親王に与えました。これは皇太子への戒めを記したもので、花園上皇直筆のものが今も宮内庁書陵部に所蔵されています。
 これがあまりに激烈な内容なのです。一部を引用してみましょう。
「天は民を生み、天皇を立てて統治させることにした。暗愚な民を仁によって善導し、無知な凡俗を政によって馭していかなければならない。その才覚がないのであれば、その位にいるべきではない。人臣の失政すら世を乱すこととなるので、まして君主は行動を慎むべきである。
 しかし皇太子は宮中で育ち民の苦しみを知らず、知ろうともしていない。国家に対する功績も民への恵みも全くない。ただ先帝のおかげで皇位を継げると期待しているだけで、徳も功もないまま民の上に立とうとしている。それで恥ずかしくないのか。また詩書礼楽の道のうち、通じていると言える道が一つでもあると言えるのだろうか。自身で省みてほしい。(中略)
 ところで、愚者たちは言う。『我が国の天皇は万世一系。諸王朝が興亡を繰り返してきた外国と違って、皇祖皇宗の御加護が卓越しているのだ。これまでの皇統を守るだけで十分である』と。無知な者はこれに同意する。私はこれは深い誤りであると思う。徳が薄くても皇統を保てるというのは理にかなわない。王朝が長く栄えるか短くして滅ぶかは徳の有無にかかっている。その上、中古以来、戦乱が発生して皇威は衰えている。
 皇太子よ、これまでの王朝の興廃した原因をよく考えてみよ。答えは目の前にあるのだ。太平の時ならば凡庸な君主でも治めることはできよう。まだ大乱には及んでいないとはいえ、乱が起こる気配がきざしてから久しい。徳のある者が皇位にあるなら心配には及ばない。賢主が国政に当たるなら乱は起こるまい。しかし、もし君主が賢くないのであれば、乱はほんの数年のうちに起こることになる。そして一度乱が起こってしまえば、たとえ賢主であっても簡単に治めることはできず、数年かかることになる。平凡な君主がこの乱に当たってしまったなら、国は日に日に衰え、政は日に日に乱れ、必ず瓦解することとなる。
 近年の君主は未だこの機会に当たらずに済んだが、恐らく皇太子が在位しているうちにこの衰乱の時期がやって来るだろう。賢い知恵と策がなければ乱れた国を治めることはできない。これが私が学問を勧める理由である(後略)」
 花園上皇は、徳を持たない君主が出現することによって皇統に存続の危機が訪れることを危ぶんでいます。そして、間もなく大きな戦乱が起こることをこの時点で予言しているわけです。
 そして歴史は花園上皇の危惧したとおりに進んでいくのです……。

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