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日本人の物語00446【平安末期】平安末期概観

 本章では、治承4(1180)年4月9日の以仁王の令旨から、元暦2(1185)年3月24日の壇ノ浦における平家滅亡までの約5年間を、「平安末期」としてまとめていくこととします。
 この5年間は「治承・寿永の乱」と呼ばれる一連の戦いにより、全盛を極めていた平家が滅びた時期に当たります。
 「治承・寿永の乱」の主な戦いを挙げると次のとおりです。
・治承4(1180)年4月9日: 平家打倒の令旨
・治承4(1180)年5月25日: 宇治橋の戦い
・治承4(1180)年8月17日: 山木兼隆襲撃
・治承4(1180)年8月23日: 石橋山の戦い
・治承4(1180)年10月20日: 富士川の戦い
・治承4(1180)年12月28日: 南都焼き討ち
・治承5(1181)年3月10日: 墨俣川の戦い
・寿永2(1183)年5月11日: 倶利伽羅峠の戦い
・寿永2(1183)年11月19日: 法住寺合戦
・寿永3(1184)年1月20日: 宇治川の戦い(木曽義仲滅亡)
・寿永3(1184)年2月7日: 一ノ谷の戦い
・元曆2(1185)年2月19日: 屋島の戦い
・元曆2(1185)年3月24日: 壇ノ浦の戦い(平家滅亡)
 あれだけの権勢を誇った平家が、たった5年で滅亡するとは驚きです。清盛は偉大な政治家でしたが敵も多く、その清盛亡き後に平家への怨恨が噴出し、味方が減っていったためと思われます。独裁者だった中大兄皇子が亡き後、その子・大友皇子に味方が集まらず、壬申の乱で滅んでいったのと似ていますね。
 この時代の面白さは、平宗盛率いる平家、源頼朝率いる鎌倉勢、木曽義仲率いる木曽勢、後白河法皇率いる朝廷それぞれの思惑が入り乱れた複雑な権力闘争と、個々の戦闘における武将たちの活躍や悲話にあります。
 ひたすら戦闘ばかりが続きますが、今まで無数のテレビドラマや映画で取り上げられてきた5年間であり、決して退屈しないと思います。平家物語、源平盛衰記、義経記などの軍記物語で有名になったエピソードが満載ですから、その魅力が伝わるように、じっくりと描いていきたいと思います。

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