日本人の物語00116【人代前期】クマソタケルとイズモタケル
クマソタケルの本拠地は、熊本県球磨川付近(熊本県八代市)とも、あるいは現在の鹿児島県霧島市ともいわれており、霧島市内にはクマソタケルが住んでいたとされる「熊襲の穴」という洞窟があります。
オウスがクマソタケルの本拠地に近づくと、クマソタケルの兄弟は家を建てたばかりで、新築祝いの最中でした。祝宴の中、クマソタケルは女性たちをはべらせて酒を飲んでいます。
オウスは女装して宴に参加することにしました。クマソタケルはこの変装にすっかり騙されてしまい、オウスを気に入って傍に呼びました。そして宴もたけなわの頃、オウスはクマソタケルの兄を斬り殺したのです。
何だか古事記全般に言えることですが、卑怯な戦法が多いですよね。
兄が斬り殺されたのを見た弟は、急いで逃げ出しますが、オウスに追いつかれ、尻をぶすっと刺されてしまいます。驚くべきことに、弟は尻を刺された状態で
「その剣を動かさないでください。あなたの名前を教えてください」
と話し始めます。こんな状態で会話するとはおかしなストーリーですね。
オウスが名乗ると、クマソタケルの弟は
「西方では我々クマソタケルより強い男はいません。しかし大和にはそれ以上の男がいたようです。今後はぜひ、ヤマトタケルと名乗ってください」
と言います。
この最後の言葉を聞き終えたオウスは、弟の体をずたずたに切り刻んで殺しました。なぜここでわざわざずたずたに切り刻むのか。死者が蘇って再び敵となることがないように、といった呪術的な理由があるものと考えられます。
こうしてオウスはクマソタケルを平定し、「ヤマトタケル」と名乗るようになりました。
クマソタケルを征伐し、大和に戻る道すがら、ヤマトタケルはふと
「イズモタケルもついでに征伐しよう」
と思い立ちました。イズモタケルとは「出雲国(島根県)の強い男」くらいの意味です。
彼もまた、中央政府に従わない勢力だったのでしょう。
ヤマトタケルのやり方は次のようなものでした。まず、イズモタケルと仲良しになり、斐伊川でともに沐浴をします。ヤマトタケルはあらかじめ偽物の太刀を身につけておき、川から出たところで「太刀を交換して太刀合わせをしよう」と提案しました。お互いの太刀を合わせて友誼を深める儀式のことでしょう。イズモタケルは快く承諾します。
しかし、ヤマトタケルの太刀は偽物でした。イズモタケルが偽物に戸惑っている間に、ヤマトタケルは相手の太刀を手にとってイズモタケルを斬り殺してしまいました。
だからもう、なぜこんなに卑怯な手ばかりなのでしょう。この神話が作られた飛鳥~奈良時代には、卑怯とはみなされなかったのでしょうか。
