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日本人の物語00438【平安後期】祇王と仏御前

 『平家物語』は、この頃の清盛の非道ぶりを示すエピソードを記しています。
 福原にいた清盛は、祇王(ぎおう)・祇女(ぎじょ)という名の白拍子(しらびょうし)の姉妹をお気に入りとしてはべらせていました。白拍子とは、男装して今様や朗詠を歌いながら舞う女性の芸者のことをいいます。
 そこに、「是非舞をご覧いただきたい」と言って仏御前(ほとけごぜん)という白拍子が訪ねてきます。清盛には既にお気に入りの白拍子がいるわけですから、追い返されそうになりますが、祇王が
「見るだけ見てあげましょう」
と提案し、清盛はやむなく仏御前に舞を披露させます。
 この仏御前の舞があまりに素晴らしかったため、清盛は仏御前を召し抱え、やがては祇王よりも仏御前の方を気に入ってしまいます。仏御前が「祇王に申し訳が立たない」と言うと、清盛は
「では祇王がいなければよいのだな」
と言って、祇王を都に追い返してしまいました。祇王は都に帰る途上、
「萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草 いづれか秋に あはではつべき」
とその心境を詠みました。
 その後、都で寂しく暮らしていた祇王・祇女姉妹のもとに、清盛からの使者がやって来ました。なんと、
「仏御前が元気をなくしているから、仏御前を慰めるために舞を披露せよ」
との指示でした。
 祇王はこれを無視しようとしますが、祇王の母は
「権勢高いお方に逆らうとどのような目に遭うか分からない」
と言って、行くように薦めます。祇王はやむなく福原に出向き、仏御前の前で涙をこらえながら舞いました。
 都に戻った祇王は、祇女とともに出家しました。母を含めて3人で暮らしていたところ、ある日、戸を叩く音が聞こえます。開けてみるとあの仏御前が立っていました。仏御前は
「あなたのおかげで清盛様に召し抱えられたのに、あなたが追い出されたときは耐えられぬ思いをしました。やがては私も同じようになると思うと、いてもたってもいられず、密かに屋敷を抜け出してまいりました」
と言って、頭巾を取ると、なんと既に髪を剃って尼の姿となっていました。
 これ以降、仏御前と祇王はともに、嵯峨の山中で昼夜念仏を唱えて過ごしたといわれています。清盛の傲慢さが、多くの人々の人生を変えてしまったのでした。

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