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日本人の物語01049【南北朝中期】武蔵野合戦 義宗逃亡

太平記のエピソードをいちいち紹介しているせいで、なかなかストーリーが進まないですね。まあ面白いところなので、できるだけ省略せずにこのまま行きます。

 さて、新田軍の大将として活動していた上杉憲顕の家中に、長尾弾正(ながおだんじょう)と禰津小次郎(ねづこじろう)という強者がいました。この2人は、合戦に負けてしまったもののどうにかして逆転したいと思い、足利軍に紛れ込んでこっそり尊氏に近づき、これを討とうという作戦を練っていました。
 2人とも二つ引きの足利家の笠印に付け替え、誰だか分からないように乱れ髪を顔にざっと振りかけ、さらに禰津は刀で自分の額を切って血だらけの顔になり、尊氏の陣に駆けこんでいきました。足利家の兵たちが
「おぬしらは誰の家来か」
と尋ねたので、2人は
「私は将軍の家来ですが、新田一族の兵たちと組み合って討ち取ってまいりましたので、首実検のために将軍の御前に参ります。開けてお通しください」
と高らかに叫びました。兵たちは皆これに騙されて、通してしまいます。
 さて、尊氏に近づいていったところに、別の兵が
「おい。そこに紛れて近づく武者は、長尾弾正と禰津小次郎ではないか。騙されるな」
と叫びます。足利の兵たち300騎が長尾・禰津に割って入って、尊氏に近づかせません。
 企てが露見した2人は、兵たちを次々と斬り伏せ、高らかに笑いながらゆったりと本陣に戻っていきました。まさに剛の者ですね。
 ともあれ、笛吹峠の戦いは足利方の勝利に終わりました。
 夜になって、両陣とも篝火を焚いたところ、足利方はまるで星を連ねたような輝きなのに、新田方は蛍の火が山陰に少し残っている程度に見えました。
 これを見た新田義宗は、
「今日の合戦で確かに兵が多く討たれたものの、これほどまでに陣が寂しくなるのはおかしい。きっと味方の軍勢が逃げていっているためだ。道々に関所を作れ」
と命じて、信濃路に厳しい関所を設けました。
 それでもなお、足利方の軍勢を見た新田方の兵たちは次々と寝返っていきます。大将の上杉憲顕もまた、篝火を燃やしたまま信濃へと逃亡してしまいました。新田義宗はやむなく明け方に越後へと落ち延びます。情勢を見ていた日和見の兵たちが足利方に寝返り、尊氏軍はなんと80万騎に膨れ上がりました。
 太平記は何かと誇張した数字を持ち出していますが、この80万騎というのはその最たるものでしょう。

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