日本人の物語01243【室町/義満期】室町の職制 関東八屋形
こういっちゃ関東の大名には失礼ですが、関東の方が小者でも「屋形号」が許されている印象ですね。戦国時代にさほど活躍していない家が多いです。
前述のとおり、将軍が与えた西国の屋形号を「室町二十一屋形」といいますが、鎌倉公方が与えた東国の屋形号を「関東八屋形」といいます。
○宇都宮氏: 本拠地は宇都宮城(栃木県宇都宮市)
楠木正成との戦いで知られる宇都宮公綱を輩出した家柄です。公綱の子・氏綱は尊氏に心から私淑していたため、鎌倉公方基氏と対立して苦林野の戦い(01148回参照)を起こしますが、それでも鎌倉府に重視されるほどの存在感を示し、3代公方満兼から屋形号を与えられました。
○小田氏: 本拠地は小田城(茨城県つくば市)
「鎌倉殿の13人」の一人、八田知家(00580回参照)の子孫です。南北朝動乱においては、小田治久が北畠親房を匿ったことで知られています。治久の子・小田孝朝が反乱を起こす(01220回参照)など鎌倉府との関係は悪化していきます。
○小山氏: 本拠地は祇園城(栃木県小山市)
小山義政、小山若犬丸と2代連続で反乱を起こした家柄ですが、下野国の最有力大名として重視されていました。その後、鎌倉公方が室町幕府と対立すると当初は幕府方を支持しつつ、途中から鎌倉公方方を支持するようになります。
○佐竹氏: 本拠地は太田城(茨城県常陸太田市)
金砂城の戦いで源頼朝と戦った佐竹秀義(00468回参照)の子孫で、常陸国最大の大名です。戦国期には「山入の乱」又は「百年戦争」と呼ばれる内紛を起こして勢力を削がれました。戦国時代末期には太田城から水戸城(茨城県水戸市)に本拠を移します。
○千葉氏: 本拠地は千葉城(千葉県千葉市)
鎌倉幕府成立に大きく寄与した千葉常胤(00463回参照)の子孫です。南北朝動乱ではさほどの存在感を示せませんでしたが、享徳の乱では古河公方方に属して大活躍します。また、肥前や美濃の分家筋の活躍も重要です。
○長沼氏: 本拠地は長沼城(栃木県真岡市)
小山氏の分家筋です。南北朝動乱の中で本拠地の長沼城を失陥し、陸奥国長江荘(福島県南会津町)に移りましたが、その後長沼城に復帰しました。さらに戦国期になると長沼氏の分家が皆川荘(栃木県栃木市)に移って皆川氏を名乗ります。
○那須氏: 本拠地は福原城(栃木県大田原市)
あの屋島の戦いの那須与一(00509回参照)で知られる家柄です。室町時代に「上那須家」「下那須家」に分裂して争いますが、その後統一されます。
○結城氏(下総結城氏): 本拠地は結城城(茨城県結城市)
鎌倉公方が特に信頼していた一族ですが、結城合戦で滅亡することになります。
