日本人の物語00131【人代後期】住吉仲皇子の反逆*
仁徳天皇の死後、子の去来穂別皇子(いざほわけのみこ:後の履中天皇)は即位の準備にかかりました。しかし、ここでまたもや反逆事件が起こります。
反逆の始まりは、去来穂別皇子が娶る予定であった黒媛(くろひめ)を、去来穂別皇子の弟である住吉仲皇子(すみのえのなかつみこ)が犯してしまったことでした。
発覚を恐れた住吉仲皇子は、去来穂別皇子が難波宮に宿泊した際に放火し、殺そうとします。このとき、去来穂別皇子を救ったのは、側近の大前宿禰(おおまえのすくね)でした。大前宿禰は、眠ったままの去来穂別皇子を背負い、大和へと避難します。
このとき、道中で目を覚ました去来穂別皇子の言葉がなかなか振るっています。大前宿禰から事情を聞き、
「野宿すると知っていれば(風をしのぐための)屏風くらい持ってくるべきだったのに」
と言うのです。かなり肝の座った人ですね。
大和へと逃れた去来穂別皇子と大前宿禰は、石上神宮(いそのかみじんぐう)へ辿り着きます。現在の奈良県天理市にある神社ですね。ここで、弟の瑞歯別皇子(みずはわけのみこ:後の反正天皇)が訪ねて来ました。命からがら逃げてきた兄をお見舞いしようというのです。
しかし去来穂別皇子は、
「住吉仲皇子と同じように反逆を企てているのではないか」
と疑い、拝謁を許そうとしません。
逃亡中は「屏風くらい持ってくるべきだったのに」などと肝の座ったことを言っていたのに、急に猜疑心の強い小者になってしまっています。一体どうしたことでしょうか。
瑞歯別皇子が使者を通して
「どうすれば信用してくれるのか」
と尋ねると、去来穂別皇子は
「住吉仲皇子を殺してくれば信用する」
と答えます。
これを受けて、瑞歯別皇子は住吉仲皇子を討伐することになりました。住吉仲皇子の配下の刺領巾(さしひれ)という男に、
「私の言うことを聞けば、私が天皇になったときに大臣にしてやろう」
と言って味方につけ、住吉仲皇子を殺すよう命じたのです。
刺領巾は住吉仲皇子が厠へ行くのを見計らって、待ち伏せて矛で刺し殺しました。刺領巾という名前はここから来ているのでしょうか。よく分かりません。
瑞歯別皇子のやり方には神話特有のずるさがありますね。自ら手を下そうとせず、相手の配下の者を寝返らせて殺すとは、なかなかひどいです。

