日本人の物語00948【南北朝初期】塩冶判官讒死 恋文の代筆
この連載は職場の人には一切明かしていないんですが、リアルの友達数名には知らせてます。その中で読んでくれてる人はいないかもしれないけど、たまに閲覧して「あ、まだ生きてるな」と生存確認に使ってもらえれば嬉しいなと思ってます。
高師直は、今度は
「何度も頼めば相手の心が動く可能性もあるだろう。手紙をやってみよう」
と言って、兼好(けんこう:1283~1352?)を呼び寄せて恋文を書かせました。言うまでもなく『徒然草』で有名なあの兼好です。師直程度の男に呼び出されて恋文を代筆させられるとは、あの名随筆家・兼好も形無しですね。
名文がしたためられた手紙にしっかりと香もたきしめ、自信満々で送り出した手紙でしたが、間もなく師直のもとに使者が帰ってきて、
「顔世御前は、お手紙を開けてみることさえせず、庭に捨て置かれました」
と述べました。師直はひどく不機嫌になって、
「何とも役に立たぬ書き手よ。今後は兼好をここへ出入りさせるな」
と怒り出したといいます。読まれなかったということは書き手の問題ではないということなのに、完全な八つ当たりですね。
ちょうどそこに、薬師寺公義(やくしじきんよし)という足利家の重臣がやって来ました。師直が公義に、
「手紙をやっても見てもくれない冷淡な女房がいるのだ。どうすればよいだろう」
と相談したところ、公義は
「さらに押してみればよい。もう一度手紙をやってご覧なさい」
と述べ、また手紙を代筆しました。この手紙には言葉は書かず、
「返すさへ 手や触れけんと 思ふにぞ わが文ながら うちも置かれず」
(突き返された手紙でさえ、あなたが触れたのだと思うと、自分の手紙でありながらドキドキして放っておくこともできません)
という歌だけを載せました。
二度目の使者がこの手紙を持って行ったところ、顔世御前は顔を赤らめて手紙を袖に入れたので、使者が「お返事は」と尋ねたところ、顔世御前は
「重きが上のさよ衣」
とだけ言って館の中へ隠れてしまいました。
師直はこの返事の意味が分からず公義に尋ねたところ、公義が
「新古今集の歌で、『さなきだに 重きが上の さよ衣 わが妻ならぬ 妻な重ねそ』というのがあります。『女犯の罪はただでさえ重いというのに、重い小夜衣を重ねるように、自分の妻でない人妻に思いを寄せることなどしないでください』という意味です。人目を憚って断ろうとしているのでしょう」
と答えたので、師直は
「そなたは武道だけでなく歌道にも優れているようだ。褒美を取らせよう」
と言って黄金作りの太刀を与えました。師直はまだまだ諦めません。
