【転倒予防vol.11】普通のTUGだけで安心していませんか?「TUG cognitive」で隠れリスクを暴く
「歩ける」と「生活できる」の壁
前回(vol.10)では、実際の生活場面は常に「歩きながら別のことをする(二重課題)」環境であり、話しかけると足が止まってしまう人は転倒リスクが非常に高い、というお話をしました。
では、この「二重課題」を処理する脳のキャパシティを、臨床で客観的に評価するにはどうすれば良いでしょうか?
「歩行速度」や「BBS(バランス評価)」だけでは、この隠れたリスクを見抜くことはできません。そこで活躍するのが、いつもの評価に「ある事」を足すだけでできる「TUG cognitive(認知的TUG)」です。
TUG cognitive(認知的TUG)とは?
TUG(Timed Up and Go test)は、椅子から立ち上がり、3m先の目印を回って再び椅子に座るまでの時間を測る、非常にポピュラーなテストです。
TUG cognitiveは、この普通のTUGに「認知的な課題(脳トレ)」を同時におこなってもらうテストです。
【具体的なやり方】
まず、普通にTUGのタイムを測ります(通常TUG)。
次に、「100から順番に7を引いていってください(100、93、86…)」と指示しながら、もう一度TUGのタイムを測ります(これがTUG cognitiveです)。 ※7を引くのが難しすぎる場合は、「3を引く」や「知っている動物の名前を言い続ける」でも構いません。
重要なのは、「計算に集中しすぎず、歩くことにも集中してください」と、両方のタスクに注意を向けさせることです。
運命の数字:通常より「+4.5秒」または「10%増」
普通のTUGと、計算しながらのTUG cognitive。この「タイムの差」こそが、患者さんの脳のキャパシティ(注意の分配能力)を表しています。
注目すべきカットオフ値(基準)は以下の通りです。
危険信号の基準値
通常のTUGに比べて、タイムが「4.5秒以上」遅くなる。
または、通常のTUGからタイムが「10%以上」伸びる。
例えば、普通のTUGが「12秒」だった患者さんが、計算を足した途端に「17秒」かかったとします。タイムが5秒も遅くなっているため、この患者さんは「二重課題になると著しくパフォーマンスが落ちる=生活場面での転倒リスクが極めて高い」と判断できます。
リハビリのメニューを根本から変える
この評価の素晴らしいところは、そのまま「リハビリの治療方針」に直結することです。
TUG cognitiveのタイムが極端に落ちる患者さんに対して、平行棒の中で黙々と歩く練習や、ベッド上での筋トレだけを続けても、自宅での転倒は防げません。 なぜなら、弱っているのは「筋肉」ではなく「注意を分配する脳の機能」だからです。
【明日からできる二重課題トレーニング】
しりとりをしながら歩く。
ボールをキャッチボールしながら足踏みをする。
「1、2、3」と声に出して数えながら、「3」の時だけ大きく足踏みする。
こういった「脳に汗をかく」アプローチ(コグニサイズなど)を導入する明確な根拠が、この「TUG cognitive」のタイム差なのです。
まとめ:明日の臨床でやること
明日、TUGを測定する予定の患者さんがいたら、ぜひ2回目は「計算しながら(または動物の名前を言いながら)」歩いてもらってください。
そして、「通常時より4.5秒以上、または10%以上タイムが伸びていないか?」をチェックしましょう。 「身体は元気なのに転ぶ」という謎を解く鍵は、いつもこのタイム差の中に隠されています。
次回予告
全12回にわたってお届けしてきた転倒予防連載も、いよいよ次回で最終回です! 運動、生理、解剖、心理、認知…。患者さん自身の能力を評価した後は、最後に「環境」を整えなければなりません。
最終回「環境編」では、患者さんのタイプ別に「どんな環境設定(手すり、照明、配置)をすべきか」の極意をお伝えします。お楽しみに!
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