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国東半島 両子寺 修験道の空気を訪ねて

前置き省略

駐車場から入ってすぐに大きな護摩堂が。ただここは改修中で、仮設のプレハブに仏様や護摩壇が移されていました。


そこから5分ほど山に入ったところにあるのは大講堂。これは廃仏毀釈で焼失したものを平成三年に再建されたものなのですが…これがすさまじい圧倒的な迫力で…中に入るのも躊躇するような恐れ多いエネルギー。建造物としてのパワーが凄いんです。実際中に入ると仏さまは本当にお優しい。不思議な場所でした。


振り返る様に進むと、こちら。


奥の院へ。お寺の中ですが、権現様なので鳥居があります。修験は本来神仏習合。明治の廃仏毀釈で失われた信仰の形がそのまま残っているのはとてもありがたいことです。


石段は滑らかで苔もあり、濡れていたらかなり怖い…。晴れていてよかった。手すりは不安定で、所々ずれたりして頼りになりませんのでゆっくりと慎重に登ります。その一歩一歩が祈りであるようです。


長いようであっという間でした。でも半年前なら無理だったかな。実は膝を痛めていて、平地を歩くにも引きずっていたんです。ちょっとしたときに激痛がはしっていました。すいすいここまで来れた事が本当にうれしかったです。石段を登り切った先に、梵字が掘られた岩が。



今は赤いフェンスがついていますが、昔は石段にもこの道にもなかったでしょうね。足を踏み外せば谷底です。


行者道入口。いきなりの鎖道です。軽装備なので見上げるだけ。



奥の院。まばゆいばかりに朝陽を浴びて輝いているようでした。




岩屋の中へ。電気も薄暗く恐る恐る中に入ると、とても静かな窟の奥、岩に穿ってある「受け」に、甘露ともいうべき清水が湧きだし溜まり滴っています。お水が、澄んでいるだけじゃなくて、言葉に出来ないんですけど、滴りの雫が、やがて満ちて注ぎ、大地を潤していくことを教えてくれるような私達もまたその大地の一部であるような。


この奥の院のお堂と千手観音様は、この清水を守っているのではないかなと感じました。



お堂がないころもたくさんの修験者がこの岩窟で修業し、清水で癒されていたのではないでしょうか。



駐車場にもどって、今度は下ります。車で此処まで来てしまったので、有名な参道階段と仁王様に会いに。山門まで来て振り返ると新緑の木漏れ日が素晴らしかったです。


美しい参道。紅葉の時期は見事でしょう。私は個人的に新緑のモミジが大好きなので、ここを独り占め出来て最高でした。



山門に至る石段と、山の入り口を衛る仁王様。あまりにもカッコいい。実は数年前に調べた時、ここ一人で行くの絶対無理…と、それからもかなり躊躇していたんですよね。だって仁王様怖そうだし、山奥も怖いよ…と。でも実際、仁王様の前に立ったならば、ガイドブックやネットで見るよりもずっとお優しいたたずまいで、にこにこと受け入れてくれているようで、大好きになりました。また会いにきます。

車で5分ほどのところにある走水観音(はしりみずかんのん)にもお参りしました。こちらは湧き水で有名だそうで、私が付いた時もお水を汲んでいた方が帰る様子でした。お水を頂いて車に戻ろうとすると、カッコウの声が聞こえました。戸隠の森や北海道に住んでいる時は早朝家にその声が響いてきたことがありますが九州では初めてかも。カッコウの声って本当に心洗われる響きです。歓迎されているような気がしちゃいますね。


いつも神社ばかりお参りしていますが、修験の地やお寺も、行ってみないと分からない事ばかりです。行ってみて感じて初めて、ああ、こういう事だったか…と、きづいたり実感したり。体感する事の大事さを改めて感じます。修験のネットワークと、時の政治とのかかわり、信仰と地理。古代日本の各地にいたまつろまぬ土着の人々。海洋族・山岳族が居た痕跡。神社とお寺にはそういう息遣いがまだまだ残って、生き続けています。



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